素顔のマリィ
芸術出版に入社してから、一年が過ぎようとしていた。
やっと一年の業務スケジュールを把握し、自分なりに仕事のペースを掴みかけてきていた矢先。
配属一年に満たないわたし達に、部署の移動など関係ないと高を括っていた3月の末、山地に辞令が下りたのだ。
『英国支社 情報室勤務を命ず』
羨ましい。
言ってみれば、異例の大抜擢、栄転だ。
芸術出版の海外支社は、英国とシンガポールにある。
英国がヨーロッパとアメリカをカバーし、シンガポールが中国、東南アジア全域をカバーする。
統括地域内で開催される美術展やコンクール情報、新鋭芸術家の発掘が主な仕事だ。
山地はわたしと違って、国立大の院卒で、美術に関する知識も豊富、語学も官能ないわばエリートの一人だったというわけだ。
後から聞いたところによれば、二年続けて現地社員が退職時期に当たるため、引継ぎと養成を兼ねて一年前倒しで新人を派遣し教育することになったのだそうだ。
現地社員は画廊や芸術家協会との関係を築く為、派遣期間が長くなるのが当然と言われていた。
少なくとも5年は帰ってこられない。
「ユウスケ、おめでとう!」
それでもわたしは、素直に彼の幸運を喜んだのに。
「ったく、めでたくねぇよ」
裕輔は迷惑そうに顔をしかめただけだった。