素顔のマリィ
「いくら親がイギリス在住だからって、人事も安直過ぎるだろ」
どうやら育ちが良い、とわたしが思った通り、彼の父親は海外転勤を繰り返す商社マンだったらしいのだ。
現在はリタイアし、滞在が長かったイギリスに第二の居を構え、息子を日本に置いて移住してしまっていた。
「それが理由じゃないんじゃない?
ユウスケの芸術に関する知識とか心構えが、この一年で評価されたってことでしょ」
「俺が英語、フランス語、スペイン語が喋れるってだけだろ」
「えぇ〜、3ヶ国語も喋れるんだ!」
「まぁ、日常会話くらいはな」
「だからパエリアが好きなんだ」
「って、お前の関心はそこか」
「いいじゃん、異例の大抜擢なんだし。
仕事的には、凄い、羨ましい限りだよ、素直に喜びなよ」
「って、お前は寂しくないのか?」
「えっ?」
「俺、行ったら5年は戻って来れないんだぞ」
「5年かぁ、そしたらわたし、もう29か30だね。おばさんだ」
「マリ、一緒に来ないか?」
「えっ?」
「会社辞めて、俺と一緒にイギリスへ行こうぜ」
それは裕輔にすれば一世一代のプロポーズのつもりだったのだろうけど。
わたしにしてみれば、今のわたしを全否定する論外な提案だったのだ。