Summer of the Dead ~サマー・オブ・ザ・デッド~
その時──。
何かが風を切った。
続いて、ボゴッと鈍い音がしたかと思うと、肩にかかっていた圧力が消え、山田先生だったものがぐったりと床に倒れ込んだ。
その背後には、
「……」
いつの間にか、血で赤く染まった木刀を持った眼鏡の男子生徒の姿があった。
この人……。
確か、幼なじみの純也と同じ剣道部の3年生。
先月の県大会で優勝をした、校内ではちょっとした有名人、柏木雅(かしわぎみやび)先輩。
おそらくその木刀で殴ったのだろう。横たわる山田先生だったものは頭部がべっこりと陥没していた。
助かった……。
でも、そう思ってほっとしたのもつかの間だった。
えっ!? ……なんで。
柏木先輩がサッと木刀を振り上げたのだ。
彼の前には私しかいないのに……。
私達の間を遮るものは何もない。
その堅い凶器を振り下ろせば、私の頭がどうなるのかはイヤでも想像がつく。
「どうし、て……」
呆然とする私をよそに、彼は躊躇することなく力強く木刀を振り下ろした。
ぐしゃっ──。
木刀はまるでスイカ割りでもするように、勢いよく頭を叩き潰した。
不快な音と共に、赤黒い血が辺りに飛び散る。
柏木先輩は眼鏡についた返り血を袖で拭い、肩で大きく息をした。
そして、
「噛まれてないか」
と、──私に問いかけたのだった。
柏木先輩が振り下ろした凶器は私ではなく、狂った山田先生でもなく別の頭を砕いていたのだ。
もう一人、床に倒れている人物。──保健の先生の頭を。
でも、どうして保健の先生を?
生きているかもしれないのに……。例え死んでいたとしても、人の頭を潰すなんて普通はしない。
もう、何がなんだかわけがわらない。
血塗れで倒れていた保健の先生。襲ってきた山田先生。走り去っていった男子達。そして、先生の頭を割った柏木先輩……。
私が眠っている間に、学校は一体どうなってしまったというのか。
そんな私の疑問をよそに、柏木先輩は苛立ったようにもう一度問いかけてくる。
「噛まれていないか」
威圧的な、敵意のあるような棘のある物言いで。
その銀色に光る眼鏡の奥からは何も読み取ることは出来ない。
私は少し怖くなってただ、こくりと頷いた。
すると、柏木先輩は語気を弱め、「そうか」と言って私を二つの死体の間から引っ張り出してくれた。
「あの、一体何があったんですか。私……保健室で眠っていて、起きてドアを開けたら、先生が倒れてきて──」
まだ、少し怖かったけど疑問が口をついて出た。一体今、何が起こっているのか知りたい。
すると、先輩は私の手を引いて歩き出した。
さっき、男子生徒達が走り去っていった正面玄関の方へ。
「…………先輩? どこに行くんですか」
「百聞は一見にしかず、だ」
そう言ってずんずんと進んで行く。
進むにつれ、なにやら叫び声のような騒々しい音が聞こえてくる。
角を曲がれば玄関が見える位置までくると、先輩は一度立ち止まり隠れるように壁にピッタリと張り付いてそっと玄関を覗く。
そして、私と位置を入れ替わると見るように促した。
「音を立てないように、静かに」