マイ リトル イエロー [完]
「今日久々に一緒にご飯食べれるの、凄く楽しみにしてたの。聡真さんが好きなもの沢山作って……いつもはもっと栄養バランスを気にするけど、今日くらいいいかって……」
「花菜、本当にごめん、ごめんな」
「聡真さんが契約したって言ってた広告のことも調べたの。凄いね、あんな大きな枠を聡真さんが取ったんだね、詳しいことは分からないけど、聡真さんはこのために最近ずっと睡眠時間を削って働いてたんだって……っ」
「花菜……」
「尊敬してるのに、聡真さんのことが好きなのに、でも、なんでだろう、最近、聡真さんの前で、言いたいことが最後まで言えないのっ……」
「花菜っ」
「どうしてだろうっ……?」
気付いたら、聡真さんの腕の中に包まれていた。
聡真さんの手が震えてた。
私の肩も震えていた。
涙で出来たシミが、聡真さんの薄い水色のシャツについた。
聡真さんの香りが、全身にまとわりついて安心するのに、胸がひどく痛い。
どうしてだろう。
この人のことが好きなのに、それなのに、抱きしめられて胸が引き裂かれそうになるほど切なくなるなんて。
「離して……」
か細くて震えた声が、静かなキッチンに木霊した。
私は、彼の胸を手で押して、彼の腕をゆっくりほどいた。
見上げると、彼はひどく傷ついた顔をしていた。
もう、取り返しのつかないようなことをしてしまったあとのような、そんな表情。
私は、そんな彼の頬を一度優しくなでて、こうつぶやいた。
「少しの間だけ……離れようか。お互いひとりの時間を作って、少し考えよう?」
そう言うと、聡真さんは、瞳を暗くして、視線を床に落とした。
「花菜が、好きだよ……」
謝ることを止めた彼が、本当に伝えたかったこと。
普段なら、こんなこと言われたら地に足がつかなくなるほど浮かれるというのに。
今はもう、私の後ろ髪を少しだけ引ける……それくらいの効力しか持ち合わせていなかった。
私は、最後に一度聡真さんを抱きしめてから、手荷物だけを持って、家を出た。
彼と、彼のために作った料理を置いて。