マイ リトル イエロー [完]
ごめん、花菜
駅のホームで嘉藤美紀子に見つかったのは、正に不運な出来事だった。
大手金融会社の総合職でバリバリ働いている彼女とは大学が一緒で、ゼミ仲間であった。
目が合った瞬間すぐに改札を通ろうとしたのを彼女に見つかったが最後。俺は無理矢理飲み屋に引きずり込まれてしまった。
「久城、元気ー!? 元気だったー!? ちゃんとお嫁さんとやることやってるー!?」
「本気で酒臭い近寄んな離れろ! あと絡み方が中年エロおやじなんだよ」
「はい飲んでー、飲んでくださいー」
「21時に帰れるようにお開きにするからな」
焼き鳥が美味いと有名な小汚い立ち飲み屋で、俺は無理矢理酒を飲まされていた。
芋焼酎をロックで飲み続けている嘉藤は、ずっとセクハラ的発言を浴びせてくる。
狭い丸テーブいっぱいに置かれた焼き鳥と安い酒、それから嘉藤の吸ってる煙草の箱。俺は一体なぜコイツと飲まなきゃならないのか……激しく自問していた。
「最近お嫁さんに愛してるって言ってるー?」
「誰が言うかよ、そんな寒いこと」
「久城は昔から自分に自信があって恋愛に淡白だからなー。あんまり雑に扱ってると浮気されるよ?」
「縁起でもないこと言うなよな」
「あんたみたいな男に、本当に可愛くて良い子が騙されんのよねー。そういう子って、色んなこと我慢できちゃうから」
あーやだやだ、と暴言を吐いて嘉藤が芋焼酎をイッキした。
俺の嫁は、確かに他の同期の嫁と比べて我慢強い方だと思う。
買いもの連れてけだの、エステ通わせろだの、女子会月に4回はさせろだの、そういった我儘も言わないし、むしろ働きたいとか言いだしたくらいだ。
「あんまり優しさに甘えてると、取り返しのつかないことになるかもよー」
「うるせーな、お前こそヒモの彼氏とはどうなってんだよ」
「たはー、イケメンだから別れられません!」
「幸せになれないタイプだなほんと」
あと一杯飲んだら帰ろう。こんな体に悪そうなものじゃなくて、久々に花菜の手料理が食べたい。
きっとあいつも、張り切って作ってくれているだろうし……。
時計を見て、俺はそろそろ帰ることを切り出そうとした。
しかしそれは、思いもよらぬ人に呼び止められて阻止された。
「久城君?」
振り返るとそこには、お得意先の課長がいた。
「篠崎さん! 御無沙汰しております! 篠崎さんもここで飲まれていたんですか」
すぐさま頭を下げると、課長は豪快に笑った。
「たまにはこういう所で気兼ねなく大声を出して飲みたくてね。どうだい是非一緒に」
「はい、是非ご一緒させてください! 何か新しい飲み物頼まれますか?」
「そうだなあ、じゃあホッピーを」
「はは、たまに飲みたくなりますよね、分かります」