マイ リトル イエロー [完]
「花菜がそばにいてくれれば治る」
「そんなわけないでしょっ」
「治る。今日花菜を抱けなかったら夫としても男としても何かが終わる気がする……」
「馬鹿言わないで寝て下さい」
そう言って手を払われ、無理矢理布団を頭までかけられて視界が真っ黒になった。
くそ、なんでこんな時に限って……。体に力を入れようとしても、中々入らなくてもどかしい。
真っ暗闇の中で咳き込んでいると、ほんの少し布団の上に何かが重なるのを感じた。
「はやく治して、私のご飯いっぱい食べてね」
花菜が布団の上から俺を抱きしめているのだと、声の距離で理解した。
「それから、菜の花畑へもう一度連れてってね」
……俺は、返事をする代わりに、布団から手を出してゆっくりと花菜の手を握りしめた。
それからやっぱり我慢できなくなって、花菜を布団の中へ入れてぎゅっと抱きしめた。
月並みだけど、俺にとっての菜の花は花菜そのものだよ。そう呟くと、本当に月並みですね、と言って笑われたので、菜の花一億本くらいの幸せが詰まってるよ、と付け足した。
ところで、菜の花には「快活な愛」という花言葉もあるのを花菜は知っているだろうか。
マグカップの片づけを注意されたり、喧嘩した日は夕飯に俺の嫌いなものを出されたり、勘違いして嫉妬したり、そんな風にしょうもない衝突を重ねて、いつまでも冗談の言い合える明るい夫婦であるように。花菜の笑顔が絶えない暮らしができますように。
俺は今、あの優しい黄色い花に、心から祈っている。
「聡真さん、風邪移ったらどうするんですか」
「その時は責任取るよ」
「もう取ってもらってます」
「はは、そうだった」
……『花菜』という、彼女にピッタリの名前の名付け親である彼女の祖母は、相当センスがあると思う。
今度お墓参りに行ったときは、花菜を泣かせてしまったことを墓前で心から謝らなくてはならない。
そう思いながら、花菜に今日で何度目か知らぬキスをした。