マイ リトル イエロー [完]

会話の流れに多少の違和感を抱きながらトレーごと受けとると、久城さんが笑っていた。

因みに預かります、以外の会話をしたのは、この日が初めてであった。

笑っている久城さんの前でぽかんとしていると、彼はやっと笑い終えて、私の顔を見てこういった。

「いつもよりぼうっとしてるように思うよ」

「え、すみません!」

「そうじゃなくて、ちゃんと家ついたら熱測りな」

私が即座に謝ると、聡真さんはすぐにそれを否定して、少し心配するような声色で自分の顔を指差した。

「顔色、よくないよ。さっきのもじゃもじゃ新人SEが言ってたように」

「も、もじゃもじゃ……?」

それだけ言うと、久城さんは去って行ってしまった。

もじゃもじゃSEとは日野さんのことであろうか……確かにパーマをかけてるけど……。

私は暫し茫然としたまま、彼の言葉を反芻した。

御馳走様、以外の言葉を彼の口から初めて聞いた。

そのことが嬉しくて嬉しくて、私はその日一日ずっとハッピーな気持ちになった。

久城さんと話していたところを先輩に見られてかなり驚かれた。

『あの人厳しくて有名らしいよ。笑ってる所初めて見た』、と聞かされ、私は彼が普段は怖い人であることをその時初めて知った。

浮かれ過ぎたせいか、家に帰って熱を測ってみると、確かに彼に言われた通り熱があった。


なぜかあの時の彼の笑顔が、暫く頭から離れなかった。



 * * *

「御馳走様」

「ありがとうございます、またお願いします」

忙しいランチ営業を終え、クローズの看板を出した途端私はソファー席に座りこんだ。

今日はバイトの子が急に熱を出してお休みになってしまったから、一人足りない中で営業をした分(ホール兼キッチン)とても忙しかった。


「お疲れ久城、賄い何食べたい?」

この店の店長であり、元大学の先輩である西野さんが、キッチンから質問を投げかけた。

「うう、ボリュームたっぷりのサラダ」

「分かった、生ハム多めにいれてやる」

「やったー!」

私は子供みたいにはしゃいでバンザイをした。

「ったく、働かなくても十分旦那が稼いでいるだろうに……」
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