恋するバンコク
仕事が終わり、結はスタッフ用通路を歩いていた。結のように仕事が終わったスタッフと、これから朝までのスタッフが廊下ですれちがう。結はその人たちの中から、半ば無意識にタワンを探していた。そのことに気がついてハッとする。
私はおかしくなっている。
さっき会ったばかりなのに、もう顔が見たくて迷子のようにキョロキョロしているなんて。
そのくせ、そう思ってることは本人に言えないでいる。矛盾に満ちた行動に、自嘲めいた笑みが浮かんだ。
「ユイ」
ドキンと胸が心の底まで打つように響く。タワンが後ろから結を覗き込むように見下ろしていた。急いできたのだろうか、セットされている髪が少し乱れていた。
「タワン」
「よかった、もう帰ったかと思った」
そう言うと、タワンは結をななめ前にある階段の踊り場へと連れて行った。廊下を歩くスタッフから見えないところで結と向き直る。
「今夜デートしよう」
その言葉に鼓動が鳴る。反射的に頷きかけて、でも、と心が待ったをかける。
顔を見たくて探して、それでも近づくことにまだ踏み切れない。
恋人にはなれない、そう言ったのは結だ。
迷って俯く結の前に、銀色の鍵が差し出された。
「少し遅くなるから、部屋で待っててほしい」
そう言うと、指の先で握っていた鍵をぱっと離した。おもわず両手でキャッチする。
「それじゃあとでね」
そう言うと、結がなにか言うより先にきびすを返す。慌てて、
「タワン」
呼び止めると、歩きながらタワンは手を振った。
「その鍵ひとつしかないから、捨てたりしないでね。僕が家に入れなくなるから」
やられた、と思った。
掌で銀色の鍵が鈍く光る。両手で握りしめて、その手を額へともっていく。
はぁ。
けだるく震えた息を吐いた。なにかに降伏するように。
強引にすすめていかれることを、悦んでいる。
そんな自分をもう、自覚していた。
座って待っているより、手を動かして考える時間を自分に与えないようにしたかった。
だから久しぶりにスーパーに寄って、食材を買い込んで部屋に向かう。
「お邪魔しま、す」
片手にそれぞれさげた大きなスーパーの袋をガサガサと揺らしながら、無人の部屋の扉を開けた。昨日もその前も、引きずり込まれるようにして入ったタワンのアパート。彼の鍵を鍵穴に射して開く扉がどこかふしぎだった。
キッチンカウンターに荷物を置くと、改めてタワンの部屋を眺める。奥行きのある大理石の床は、相変わらず塵一つない。結とタワンの写真を入れていた飾り棚に置かれたペンスタンド。そこに無造作に立てられたペンやハサミ、爪切り。その隣に置いてあるサングラスと縁の大きなメガネ。どちらもしているのを見たことがない。ダイニングテーブルには、目薬の箱とタブレットが置いてあった。
自分がいないときに生活している気配を感じて、やっぱり心が騒めいて困る。
飾り棚の対面の壁際にある本棚には、ビジネス本がずらりと並んでいた。会計学、経営学、ホスピタリティ、マーケティング。英語のタイトルは半分ほどで、後の半分はタイ文字で綴られている。けれどきっと、同じような本なんだろう。
あのホテルで若いタワンが支配人に就いてる理由。きっとそこには、タワンの父親の存在もある。
だけどそれ以上に、彼が努力してるんだ。
おいしいごはん、作ってあげよう。
並べられた本を見て、そんな思いがこみあげてきた。
火にかけた鍋をすくって味を見ていると、コンコン、とノックの音がした。昨日もそうだけれど、日本のアパートとちがってこの扉はドアチャイムがない。急いで玄関まで迎えに行く。
「おかえりなさい」
おもわず日本語でそう言うと、タワンが驚いたように目を丸くしていた。その顔を見て、ぱっと目線を落とす。
「あ」
「ただいま、ユイ」
言葉に後悔するより先に、タワンが日本語でそう言って笑った。
「ユイがいて、よかった」
タワンは靴を脱ぎながら、安心したように笑った。いつもは私服に着替えて帰るのに、今はスーツのままだ。急いで来てくれたことがわかって、体の内側がくすぐったく震える。
「だって待っててって言ってたじゃない」
それなのにそういう自分に気づかれたくなくて、視線をサッとそらしてしまう。タワンは気にした様子もなく、
「嬉しい、ユイの待ってる家に帰れるなんて」
臆面もなくそんなことを言って、恥ずかしさで背を向けている結を後ろから抱きしめる。固いジャケットの袖が結の頬をこすって、あまりいい感触とは言えないのに振り払えなかった。
「やぁ、いい匂いだな」
キッチンを見たタワンが嬉しそうに言う。少し離れた背中の熱にほっとして笑みを浮かべた。
「もう少し待ってて、あとちょっとだから」
タワンは頷いてジャケットを脱ぐと、
「それじゃ、僕も少し仕事をしていいかな。そんなに時間かからないから」
結局仕事を持ち帰って来たらしいタワンに、苦笑交じりで頷く。
「そんなに急いで帰ってこなくてもよかったのに」
「はやく会いたかったから」
サラリと結の心を揺らすことを言って、タワンはダイニングテーブルにラップトップを置いた。途端に、それまで浮かんでいた穏やかな笑みが消える。真剣な横顔。
本棚に並べられたたくさんの本を思い出して、結は黙って微笑んだ。
鮭の塩焼き、肉じゃが、卵焼き、豆腐とわかめの味噌汁。久しぶりに日本食がダイニングテーブルに並んだ。日本人駐在員が多いバンコクには日本の調味料や食材が手に入る日系スーパーがいくつもあって、そこに行けばマルコメ味噌もダシの素も売っていた。
「おいしそう」
タワンはダイニングテーブルに並んだ料理に歓声を上げた。大方のタイ人と同じように、タワンも日本食が好きらしい。食べる前にスマホでいろんな角度から撮影されて、照れくさくなる。
「ほら、食べよ」
それから、これ何入ってるの? とか美味しいね、とか言い合いながら食事をする。
「さっき、なにを聞かれてたの?」
ふいに尋ねられ、なんのことかわからず顔を上げる。タワンは味噌汁を飲みながら、
「あの男。ユイに話しかけてたでしょ」
少し低い声でそう言う。宿泊客をあの男呼ばわりするタワンに、苦笑が浮かぶ。
「瞳さんを、探してたみたい」
答えながら、結局今日は瞳を見てない、と思い出す。もちろんロビーに張り付いていたわけじゃないから、知らない間に帰ってきたかもしれないけど。
今朝から姿が見えない、と焦ったように辺りを見ていた高志。あんなふうに慌てていた彼を見たことはなかった。
やっぱり瞳が大切なんだろう。そう思っても、もう心は傷つかなかった。
「ユイ」
物思いを断ち切らせるように、固い表情でタワンが名前を呼ぶ。箸を握る手をぐ、と上から握られた。
「今度あいつに話しかけられたら、僕を呼んでね」
さっきも似たようなことを言っていた。それは無理だ、と反射的に思う。忙しい支配人に、そんなことで煩わせたくない。
「タワンがどこからでも駆けつけてきたら、アイスたちに騒がれて仕事どころじゃなくなっちゃう」
茶化すようにそう言っても、タワンの顔は真剣だった。握る指先を絡めて、その拍子に箸が手から滑り落ちる。
「タワン」
ゆっくりとこちらに身を乗り出してくるタワンを、制するように声をあげた。かまわずタワンはそのままかがみこむ。
あ、と思う時には唇が重なった。ぺろ、と舌先が唇を舐めて、腰から背中にかけてぞくりと熱がはしる。
「ここにずっと閉じ込めておきたい。本当はいつもそんな風に思ってるんだよ」
熱に浮かされたように陰った瞳が結を見る。健全とはいえないそんな言葉を聞いて、自分でもおかしいくらい胸が鳴った。
ここに閉じこめられて、ずっとそばにいる。
背徳的で甘い空想が駆け巡って、押しこめていた想いが胸の内側でぶわりと膨らむ。
「……いいよ、そうしても」
ポロリと、かすれた声が唇から零れた。目を見開くタワンと同じくらい、自分で自分の言葉に驚いた。はっと我に返る。
「タワ」
それ以上なにも言えなかった。ガタン。大きく音がして椅子が引かれる。テーブルを回ってきたタワンに強く抱きしめられた。目も合わせずに、激しく口づけられる。
「好きだ」
唇を半分合わせたまま、タワンが掠れた声で告げる。
「僕を好きだと、言って」
くらりと眩暈がする。強く抱きしめられて、倒れることもできない。
舌が、結から言葉を引き出そうとするように結の舌をすくう。水音に翻弄されながら、ああ、と思う。
本当は、どこかでこうなることを予感していたかもしれない。
胸に固い感触がする。密着するタワンと結の胸にはさまれて、ペンダントが体にグリ、とあたった。心臓の、上。
いいかげん、素直になりなさいよ。
そう言われた気がした。
そう思うことで、自分にきっかけを与えたかったのかもしれない。
キスを受けるくせに、言葉を閉じこめるなんて。
そんなのもう、とっくに意味がないのに。
ふいに口づけがやんだ。タワンが結を見つめる。燃えるように輝く、黒。その深い目の色を、魅入られたように見つめる。
タワン。
つぶやいた声は震えていた。タワンが問うように瞳を細める。否定的な言葉を予想したのか、目元がわずかに険しくなる。
君を必ず手に入れる。
そう言ったタワンを思い出して、結の瞳に熱がこもる。
こんな気もちを、とどめておくのはもう難しかった。
「好きだよ」
言葉にし難いいくつもの気もちが細かくせめぎ合って、結の心を震わせる。
僕を信じて、とタワンは言った。
「信じさせて」
そう言うと、熱をもつ目から涙が一滴、こぼれ落ちた。
呆けたように結を見ていたタワンが、そっと結の頬に触れる。結の指先と同じくらい冷たかった。少し震えていて、その震えを愛しく感じた。
緊張してる。タワンも結と同じくらい。結は自分から、その掌に頬をこすりつけた。
「ラックン」
愛してる。
タワンの声が、手と同じように震えていた。じわり、閉じた瞼に涙が滲む。
手を伸ばす。重なるタワンの体温に安心して、深く息を吐いた。
本当は、まだこわい。
恋はいつだって恐いもので、だけどこんなに愛しい瞬間もくれるから。
信じることに、決めた。タワンを。彼を選んだ自分自身を。
私はおかしくなっている。
さっき会ったばかりなのに、もう顔が見たくて迷子のようにキョロキョロしているなんて。
そのくせ、そう思ってることは本人に言えないでいる。矛盾に満ちた行動に、自嘲めいた笑みが浮かんだ。
「ユイ」
ドキンと胸が心の底まで打つように響く。タワンが後ろから結を覗き込むように見下ろしていた。急いできたのだろうか、セットされている髪が少し乱れていた。
「タワン」
「よかった、もう帰ったかと思った」
そう言うと、タワンは結をななめ前にある階段の踊り場へと連れて行った。廊下を歩くスタッフから見えないところで結と向き直る。
「今夜デートしよう」
その言葉に鼓動が鳴る。反射的に頷きかけて、でも、と心が待ったをかける。
顔を見たくて探して、それでも近づくことにまだ踏み切れない。
恋人にはなれない、そう言ったのは結だ。
迷って俯く結の前に、銀色の鍵が差し出された。
「少し遅くなるから、部屋で待っててほしい」
そう言うと、指の先で握っていた鍵をぱっと離した。おもわず両手でキャッチする。
「それじゃあとでね」
そう言うと、結がなにか言うより先にきびすを返す。慌てて、
「タワン」
呼び止めると、歩きながらタワンは手を振った。
「その鍵ひとつしかないから、捨てたりしないでね。僕が家に入れなくなるから」
やられた、と思った。
掌で銀色の鍵が鈍く光る。両手で握りしめて、その手を額へともっていく。
はぁ。
けだるく震えた息を吐いた。なにかに降伏するように。
強引にすすめていかれることを、悦んでいる。
そんな自分をもう、自覚していた。
座って待っているより、手を動かして考える時間を自分に与えないようにしたかった。
だから久しぶりにスーパーに寄って、食材を買い込んで部屋に向かう。
「お邪魔しま、す」
片手にそれぞれさげた大きなスーパーの袋をガサガサと揺らしながら、無人の部屋の扉を開けた。昨日もその前も、引きずり込まれるようにして入ったタワンのアパート。彼の鍵を鍵穴に射して開く扉がどこかふしぎだった。
キッチンカウンターに荷物を置くと、改めてタワンの部屋を眺める。奥行きのある大理石の床は、相変わらず塵一つない。結とタワンの写真を入れていた飾り棚に置かれたペンスタンド。そこに無造作に立てられたペンやハサミ、爪切り。その隣に置いてあるサングラスと縁の大きなメガネ。どちらもしているのを見たことがない。ダイニングテーブルには、目薬の箱とタブレットが置いてあった。
自分がいないときに生活している気配を感じて、やっぱり心が騒めいて困る。
飾り棚の対面の壁際にある本棚には、ビジネス本がずらりと並んでいた。会計学、経営学、ホスピタリティ、マーケティング。英語のタイトルは半分ほどで、後の半分はタイ文字で綴られている。けれどきっと、同じような本なんだろう。
あのホテルで若いタワンが支配人に就いてる理由。きっとそこには、タワンの父親の存在もある。
だけどそれ以上に、彼が努力してるんだ。
おいしいごはん、作ってあげよう。
並べられた本を見て、そんな思いがこみあげてきた。
火にかけた鍋をすくって味を見ていると、コンコン、とノックの音がした。昨日もそうだけれど、日本のアパートとちがってこの扉はドアチャイムがない。急いで玄関まで迎えに行く。
「おかえりなさい」
おもわず日本語でそう言うと、タワンが驚いたように目を丸くしていた。その顔を見て、ぱっと目線を落とす。
「あ」
「ただいま、ユイ」
言葉に後悔するより先に、タワンが日本語でそう言って笑った。
「ユイがいて、よかった」
タワンは靴を脱ぎながら、安心したように笑った。いつもは私服に着替えて帰るのに、今はスーツのままだ。急いで来てくれたことがわかって、体の内側がくすぐったく震える。
「だって待っててって言ってたじゃない」
それなのにそういう自分に気づかれたくなくて、視線をサッとそらしてしまう。タワンは気にした様子もなく、
「嬉しい、ユイの待ってる家に帰れるなんて」
臆面もなくそんなことを言って、恥ずかしさで背を向けている結を後ろから抱きしめる。固いジャケットの袖が結の頬をこすって、あまりいい感触とは言えないのに振り払えなかった。
「やぁ、いい匂いだな」
キッチンを見たタワンが嬉しそうに言う。少し離れた背中の熱にほっとして笑みを浮かべた。
「もう少し待ってて、あとちょっとだから」
タワンは頷いてジャケットを脱ぐと、
「それじゃ、僕も少し仕事をしていいかな。そんなに時間かからないから」
結局仕事を持ち帰って来たらしいタワンに、苦笑交じりで頷く。
「そんなに急いで帰ってこなくてもよかったのに」
「はやく会いたかったから」
サラリと結の心を揺らすことを言って、タワンはダイニングテーブルにラップトップを置いた。途端に、それまで浮かんでいた穏やかな笑みが消える。真剣な横顔。
本棚に並べられたたくさんの本を思い出して、結は黙って微笑んだ。
鮭の塩焼き、肉じゃが、卵焼き、豆腐とわかめの味噌汁。久しぶりに日本食がダイニングテーブルに並んだ。日本人駐在員が多いバンコクには日本の調味料や食材が手に入る日系スーパーがいくつもあって、そこに行けばマルコメ味噌もダシの素も売っていた。
「おいしそう」
タワンはダイニングテーブルに並んだ料理に歓声を上げた。大方のタイ人と同じように、タワンも日本食が好きらしい。食べる前にスマホでいろんな角度から撮影されて、照れくさくなる。
「ほら、食べよ」
それから、これ何入ってるの? とか美味しいね、とか言い合いながら食事をする。
「さっき、なにを聞かれてたの?」
ふいに尋ねられ、なんのことかわからず顔を上げる。タワンは味噌汁を飲みながら、
「あの男。ユイに話しかけてたでしょ」
少し低い声でそう言う。宿泊客をあの男呼ばわりするタワンに、苦笑が浮かぶ。
「瞳さんを、探してたみたい」
答えながら、結局今日は瞳を見てない、と思い出す。もちろんロビーに張り付いていたわけじゃないから、知らない間に帰ってきたかもしれないけど。
今朝から姿が見えない、と焦ったように辺りを見ていた高志。あんなふうに慌てていた彼を見たことはなかった。
やっぱり瞳が大切なんだろう。そう思っても、もう心は傷つかなかった。
「ユイ」
物思いを断ち切らせるように、固い表情でタワンが名前を呼ぶ。箸を握る手をぐ、と上から握られた。
「今度あいつに話しかけられたら、僕を呼んでね」
さっきも似たようなことを言っていた。それは無理だ、と反射的に思う。忙しい支配人に、そんなことで煩わせたくない。
「タワンがどこからでも駆けつけてきたら、アイスたちに騒がれて仕事どころじゃなくなっちゃう」
茶化すようにそう言っても、タワンの顔は真剣だった。握る指先を絡めて、その拍子に箸が手から滑り落ちる。
「タワン」
ゆっくりとこちらに身を乗り出してくるタワンを、制するように声をあげた。かまわずタワンはそのままかがみこむ。
あ、と思う時には唇が重なった。ぺろ、と舌先が唇を舐めて、腰から背中にかけてぞくりと熱がはしる。
「ここにずっと閉じ込めておきたい。本当はいつもそんな風に思ってるんだよ」
熱に浮かされたように陰った瞳が結を見る。健全とはいえないそんな言葉を聞いて、自分でもおかしいくらい胸が鳴った。
ここに閉じこめられて、ずっとそばにいる。
背徳的で甘い空想が駆け巡って、押しこめていた想いが胸の内側でぶわりと膨らむ。
「……いいよ、そうしても」
ポロリと、かすれた声が唇から零れた。目を見開くタワンと同じくらい、自分で自分の言葉に驚いた。はっと我に返る。
「タワ」
それ以上なにも言えなかった。ガタン。大きく音がして椅子が引かれる。テーブルを回ってきたタワンに強く抱きしめられた。目も合わせずに、激しく口づけられる。
「好きだ」
唇を半分合わせたまま、タワンが掠れた声で告げる。
「僕を好きだと、言って」
くらりと眩暈がする。強く抱きしめられて、倒れることもできない。
舌が、結から言葉を引き出そうとするように結の舌をすくう。水音に翻弄されながら、ああ、と思う。
本当は、どこかでこうなることを予感していたかもしれない。
胸に固い感触がする。密着するタワンと結の胸にはさまれて、ペンダントが体にグリ、とあたった。心臓の、上。
いいかげん、素直になりなさいよ。
そう言われた気がした。
そう思うことで、自分にきっかけを与えたかったのかもしれない。
キスを受けるくせに、言葉を閉じこめるなんて。
そんなのもう、とっくに意味がないのに。
ふいに口づけがやんだ。タワンが結を見つめる。燃えるように輝く、黒。その深い目の色を、魅入られたように見つめる。
タワン。
つぶやいた声は震えていた。タワンが問うように瞳を細める。否定的な言葉を予想したのか、目元がわずかに険しくなる。
君を必ず手に入れる。
そう言ったタワンを思い出して、結の瞳に熱がこもる。
こんな気もちを、とどめておくのはもう難しかった。
「好きだよ」
言葉にし難いいくつもの気もちが細かくせめぎ合って、結の心を震わせる。
僕を信じて、とタワンは言った。
「信じさせて」
そう言うと、熱をもつ目から涙が一滴、こぼれ落ちた。
呆けたように結を見ていたタワンが、そっと結の頬に触れる。結の指先と同じくらい冷たかった。少し震えていて、その震えを愛しく感じた。
緊張してる。タワンも結と同じくらい。結は自分から、その掌に頬をこすりつけた。
「ラックン」
愛してる。
タワンの声が、手と同じように震えていた。じわり、閉じた瞼に涙が滲む。
手を伸ばす。重なるタワンの体温に安心して、深く息を吐いた。
本当は、まだこわい。
恋はいつだって恐いもので、だけどこんなに愛しい瞬間もくれるから。
信じることに、決めた。タワンを。彼を選んだ自分自身を。