恋愛戦争
バタバタと走り抜けてついた、見覚えのある建物の受付で、彼女は涙を拭いて言った。
「1025室の瑞木花の娘です、母はいまどこにいますか?」
「お待ちしておりました、いま案内いたします」
ちらりと、振り返った晶と目があったが彼女は何も言わなかった。
看護師が案内するのを俺と2人並んで着いていった。
着いて行った先にいたのは、数人の医師と看護師、泣き崩れる晶の祖母と、立ち尽くす晶の父親だった。
晶はもう泣いていなかった。
病室のベットの上で静かに寝ている女性に近づくと、ほっと息を吐いていた。
「お母さん、お疲れ様」
ぽつり、呟いた小さな言葉はその空間に余りにも不釣り合いで、しかし誰もその言葉以上に見合うものが考えつかなかった。
俺は、その時初めて晶の母親の姿を見た。
そっと近づくと見えたのは綺麗な寝顔で、晶によく似た美人だった。
たまに挨拶する程度だった晶の父親は俺を見ると少し申し訳なさそうに笑って、小さくありがとうと言った。
感謝されるようなことは何一つしていない。だらしない格好で、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
晶の、決して覗いてはいけない部分に土足で踏み込んでしまった。
あの頃、母親に言われた時から決して破らなかった約束なのに、俺は走り抜ける晶を追いかけ、絶望の淵を覗いてしまったのだ。
「ナツ、ごめんね、ここまで一緒に来てくれてありがとう」
「っいや!違う、ごめん」
「いいの、ありがとう」
お手本のような大嫌いな笑顔で笑った晶は、何を思ってありがとうと口にしたのだろうか。
ベットの脇からまるで1人だけ違う世界にいる晶はどこが解放されたような空気を身に纏っている。
「卒業式なんて、行かなきゃよかったね」
誰かにあげたのだろうと思っていた制服のリボンをポケットから取り出すと、そっと枕元に置いた。
「ばいばい、お母さん」
彼女は、とても強く儚なかった。