恋愛戦争
髪を梳かれる感覚は、万人共通で気持ちがいいものではないだろうか。実際に俺はいま超気持ちいい。
「お痒いところはございませんか?」
「それシャンプーのときね」
「あ、そっか」
小ボケをかますほど上機嫌の晶を見ると撮った写真は上々の出来らしい。
鏡に映る少し俯いた顔、小さい手はあの時と何も変わらない。
「晶」
「なにー?」
あの時、どうして突然いなくなったのか。挨拶くらいしていけよ。
って、本当は言いたかった。
でも、もっと言いたかった。
「あの時、ごめん」
泣くことも出来ない晶を、覚えたてのメンソールで包んで、自己陶酔のようにこれが正しいと押し付けたこと。
死に向かって行く母親を思い必死に走り抜けたあの道で、声をかけることが出来なかったこと。
残された父親、祖母に、迷惑をかけまいと1人で大人になろうとしていた時に、助けてあげられなかったこと。気づくこともできなかったこと。
全てを謝りたい。
謝りたい、と罪悪感から逃れるために吐き出したことすらも、全て。
鏡越しに目が合うと、晶はふわっと笑う。
「変なの、いきなりなに?」
「中学のときの」
「ナツ、何年前の話してるの?はい終わり、乾いたよ」
「ありがとう」
言外に、もうその話はするなと言われている。
引き際が見える。今日はもうやめておこう。
喉の奥に溜まった鉛のように重たい感情を飲み下して俺も笑う。
「この後はどうすんの?まさか水系とか?」
「まさか、せっかく今乾いたのに」
俺の笑顔に、安心したように笑った晶を見ると、俺はいつも晶の笑顔に安心していることを自覚した。
晶が笑えば、世界平和。
それぐらい俺にとって偉大で、全てなんだ。