僕と三課と冷徹な天使

引継ぎ

三課に来て一週間が経ち、
さすがの僕もだいぶ仕事に慣れてきた。

ミスは無くならないが、
以前コオさんが言っていたように、
仕方ないことだと思える。

落ち込みはするけど、
気を取り直すのが早くなった。

今日も伝票入力をしていると、
電話中のコオさんが話しながら
何かを探している。

僕がコオさんの顔を見ると、目が合って
何かをペンで書くジェスチャーをした。

僕はピンときて、
メモ用紙とボールペンを渡した。

コオさんはうなづきながら
それを受け取り、僕に微笑む。

僕は心の中でほくそ笑んだ。

今日も何とかコオさんの役に立てて嬉しい。

もちろん、こんな風に
うまくいくことばかりではない。

昨日は大事な書類のコピーを頼まれたのに
シュレッダーにかけようとして
厳しく怒られた。

ちょっと気を抜くとありえないミスをする。

そんな一進一退の僕だった。


午後のコーヒー休憩から戻ると

「灰田君、その伝票入力終わったら、
 よっしーの仕事引き継いで。」

とコオさんに言われた。

吉田さんの仕事を引き継ぐ?

なんで僕が?

と思ったけど、そんな口答えをしたら
コオさんにどんな顔をされるかわからないので

「はい。あと30分で終わります」

と答える。

伝票入力が終わったので、
ファイルをコピーし

「コオさん、入力終わりました」

と僕は言った。

コオさんは吉田さんのデスクへ行って

「よっしー、どんな感じ?」

と吉田さんに聞く。

「あー・・・、ここまで終わってる」

「了解。じゃ、そのまま、
 灰田君に引き継いで。
 引継ぎ終わったら、よっしーは伝票入力ね」

とコオさんは言って自分のデスクに戻った。

え・・・?

僕の心に暗いものが漂ってきた。

吉田さんの仕事を引き継いで、
僕がしていた伝票入力を吉田さんがする、
ということは、
吉田さんにとって屈辱ではないだろうか。

「灰田、こっちきて」

と吉田さんが僕に声をかけた。

その声はいつもの吉田さんの声だった。

引き継いだのは伝票入力よりずっと難しい、
古い顧客データをピックアップする仕事だ。

僕はびびったが、やるしかない、と
腹をくくってとりかかった。

吉田さんの心配をしている余裕はなくなった。

吉田さんは
「あ~気がラクになったわ~」と言って、
伝票入力を始めたようだった。

僕はちょっと安心した。

すかさずコオさんが僕に

「その仕事さ、
 できれば今週中にあげてほしいんだ」

と言った。

僕は即座に『無理』と思った。

それに気づいたのか、コオさんは

「あ~、無理しないでいいから。できればで」

と言ってくれたが、
僕はコオさんの言うことは
絶対に服従するほうがいいと
思っていたので

「できるだけがんばります」

と答えた。

それは思った以上に難しい仕事だった。

と同時に、今までの退屈な伝票入力とは違った
やりがいを感じた。

締め切りがあるのもプレッシャーだが、
いつでもいいよ、と言われるより
やる気が出るから不思議だ。

♪キーンコーンカーンコーン♪

相変わらず学校のようなチャイムが鳴る。

終業時刻だった。

え、もうそんな時間?と僕はあせった。

今はキリが悪いし、慣れる為にも、
もう少し仕事をしたい。

僕は勇気を出してコオさんに

「ちょっと残業してもいいですか?」

と聞いた。

コオさんは少し驚いた様子だったが、すぐに

「いいよ」

と言ってくれた。

三課の他のメンバーはさっさと帰っていく。

みんなの「お先~」という言葉に、

僕は顔も上げずに
「お疲れ様です」と言うのが精一杯だった。
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