僕と三課と冷徹な天使

何のために

残業を終えた帰り道、
コオさんと部長の楽しげな姿が
僕の頭から離れなかった。

僕が仕事をがんばっている間、
コオさんは部長と楽しく話していたんだ。

そう思いたくないけど、
決めつけいる僕がいる。

コオさんが部長と話していただけで
こんなに落ち込むなんて。

自分が嫌になる。

僕より部長といるほうがいいんだろうな。

思いたくないのに
そう思ってしまう自分がいる。

上司と部下なんだから、
話をして当たり前だろ?

打合せのあとに少し
談笑していただけかもしれない。

色々思ってみるが、
胸の中はどす黒いままだ。

せっかく残業してまでがんばったのに、
こんな思いをするなんて・・・

残業なんかしなければよかった。

はあ?
仕事を締め切りに間に合わせるために
残業したんだろ?

社会人なんだから、
当たり前のことじゃないか。

僕の中の正論が僕を責める。

はあ、と思わずため息が出る。

・・・違う。

コオさんを喜ばせたかったんだ。

我ながら不純な動機。

僕が仕事をがんばるとコオさんは笑顔になる。

それを見たかっただけだ。

電車のドアに写る僕は情けない顔をしていた。

そんな自分を見たくなくて、目を伏せた。

部長と話すとき、
コオさんははいつも楽しそうに笑うよなあ。

勝手に頭が考え始める。

考えたくないけど、止められなかった。

僕には笑顔をたまにしか見せてくれないのに。

コオさんは部長が好きなのかな。

部長は結婚しているらしいけど、
それでも好きなのかな。

何だか胸が締め付けられる。

電車の揺れに合わせて、
ドアに頭を打ち付けてみる。

頭が痛くても心の痛みは消えない。


家に帰っても僕の気分は暗く、
何も食べず、シャワーも浴びずに寝てしまった。

眠れないかも、と思っていたが
疲れていたのがぐっすり眠り、
朝はきちんと目が覚めた。

不思議なものでお腹も減っている。

体はすごいなあと感心する。

仕方ないので会社に向かう。

コオさんに会いたくないなあ。

あのまっすぐな目で
僕の気持ちを見透かされそうで怖い。


でも会社に着いてしまう。

「・・・おはようございます」

挨拶してデスクに向かうが
コオさんを直視できない。

「おはようー」

コオさんはいつものように答えてくれる。

座ってカバンをしまう僕の頭を
コオさんはポンポンと撫でて

「掃除、無理しないでいいから」

と言って掃除機を取りに向かった。

僕はその背中を追いかけて

「大丈夫です。
 僕が掃除機をかけます」

と言って、コオさんよりも先に掃除機を掴んだ。

これ以上コオさんに頼って
カッコ悪くなりたくなかった。

コオさんは不思議そうな顔をして笑って

「わかった。じゃよろしく」

と雑巾を取りに行った。

僕は一心不乱に掃除機をかけた。

自分の雑念を吸い込むように。

掃除機を片付けてデスクに座ると
コオさんが

「はい、ごほうび」

と言ってチョコをくれた。

「昨日、松井課長がくれたんだ。
 灰田君と食べようと思ってて忘れてた」

と言って僕にくれたのと
同じチョコを食べ始めた。

「美味しいよ。これ」

と言って嬉しそうに食べている。

正直、朝からチョコはムリなんだけど
と思いながら、仕方なく食べる。

・・・甘い。

甘すぎて、全部かき消されるようだ。

僕の顔に出ていたのか

「甘いね」と言ってコオさんは笑った。

「はい」と言って僕も笑った。

なんか、もういいや。

口に広がるチョコの甘さが
胸にも広がるようだった。

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