僕と三課と冷徹な天使

落ち込みコオ

次に任された仕事も
古い顧客リストの整理だった。

締め切りはないが、
膨大なデータを管理しなければならない。

それに、この会社の取引先が全部わかってしまう。

またしても
こんな新人の僕が担当していいのだろうか、
と思ったが、気にするのはやめた。

コオさんが決めたことを信じよう。

僕が四苦八苦しながら仕事をしていると、
営業部との打合せが終わったコオさんが帰ってきた。

いつも打合せが終わると不機嫌そうなので

「お疲れ様です」

とだけ言って僕は仕事に戻る。

コオさんはがたっと椅子に座って、
ばたっと机に突っ伏した。

今回はかなり疲れているなあ。

よっぽど嫌な打ち合わせだったに違いない。

♪キーンコーンカーンコーン♪

終業のチャイムが鳴った。

いそいそと「お先でーす」と言って、
みんなは帰っていく。

相変わらずコオさんは動かない。

不機嫌でも何でも
必ず挨拶はするコオさんが珍しい。

今日は定時で帰ろうと思っていたけど、
これじゃ帰れない。

「コオさん、何かありました?
 あの、チョコ買ってありますけど食べます?」

僕は机の引き出しからチョコを取り出した。

不機嫌なコオさんにチョコをあげると、
少し機嫌が直るので、
いつも欠かさず引き出しに入れてある。

ぴくっとコオさんは動いたが

「いらない」

と言って突っ伏したままだった。

これはよっぽどのことがあったに違いない。

僕は思わず

「部長呼んできましょうか?」

と言ってしまった。

「なんで部長なんだよ」

「いや、あの・・・
 仲がいいから・・・」

コオさんの厳しい口調にびびり
おどおどしてしまう僕。

コオさんはまだ突っ伏したまま

「灰田は私と話したくないんだ。
 めんどくさいと思ってるんだろ」

と言った。

「そんなことないです。
 ・・・元気を出して欲しいんです」

僕は本心を伝えた。

「・・・じゃあ、褒めて」

コオさんが意外なことを言った。

「え?
 あ・・・はい。
 えっと、コオさんは厳しいけど、
 すごくしっかりしてて、
 みんなのフォローとかもちゃんとするし・・・
 えーと、本当にすごいと思います」

僕は素直に褒めた。

「・・・もっと」

コオさんがつぶやいた。

「えーと、言い方は怖いんですけど、
 実は優しくて、困っているときとか
 ちゃんとわかってくれて、
 でもただ優しいだけじゃなくて、
 自分で出来そうな時はほっといたりもして、
 なんかこう・・・本当にすごいと思います」

自分で言いながら、
すごく納得してしまった。

本当にそうだ、コオさんはすごい。

コオさんは起き上がった。

が、頬杖をつきながら顔を隠している。

「もうちょっと言って」

僕はちょっと言葉に詰まった。

「あのー・・・本当にすごいんですけど、
 すごいってことを全然アピール・・・するか。
 えっと、偉そうにしない・・・でもないか」

コオさんの顔が少しこっちを向いた。

手で覆われてわからないが、
きっと目が細くなっているに違いない。

もう僕は考えるのをやめた。

「あの・・・仕事が出来ると
 自分のことみたいに
 すごく喜んでくれて、
 その笑顔がかわいくて・・・」

自分で言って驚いた。

何とかフォローしたくて続けた。

「いや、あの・・・
 食事中とか、すごく嬉しそうで
 やばいくらいにかわいい・・・」

言いながら、
自分の顔が赤くなるのがわかる。

「もういい。ありがとう。帰っていいよ」

またコオさんは突っ伏した。

・・・やっちまったかな・・・

余計なことを言っただけだったかもしれない。

「・・・やっぱり部長呼びましょうか?」

元気になってほしくて、
また言ってしまった。

「しつこい。
 部長にほめられても全然うれしくないから。
 もう復活してるから、大丈夫だし」

コオさんは突っ伏しながら言った。

僕は心配で

「あの、今日残業しようと思っていたので、
 もう少し残ります」

と言って、しかたなく仕事の続きをした。

「その仕事、締め切り無いんだから、
 はやく帰りなさい」

突っ伏したまま、コオさんは指示した。

「すみません、ちょっと切りが悪くて。
 少しだけで帰ります」

僕は粘った。

僕のしつこさに薄々感づいているコオさんは、
諦めたのか少しずつ起き上がって頬杖になった。

僕は見ないようにしていた。

「今日、ありえないミスやらかしちゃってさ。
 灰田がいてくれて良かった。ありがとう」

やっぱり顔を覆いながらコオさんは言った。

「はい。役に立てて良かったです」

僕は本当に良かったと思いながら言った。

すると

「コオ大丈夫か~?」

部長が入ってきた。

僕はあからさまに嫌な気分になったが
顔に出ないように冷静を装った。

コオさんはサッと顔を覆っていた手を離し、

「大丈夫です。抜けてた書類は
 今から作ってメールします」

いつものコオさんに戻って言った。

「おお~そうか。復活はやくて良かったわ。
 じゃあよろしくな」

と言って部長は帰っていった。

僕は勝ち誇った気分になった。

コオさんを元気にさせたのは部長じゃなくて僕。

そう思うとにやつきそうになったので、
頬杖をついてごまかす。

「灰田も帰れるなら早く帰って」

とコオさんに一喝されたので、

僕は勝ちの気分に浸る間もなく、
そそくさと帰り支度をした。
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