僕と三課と冷徹な天使

初仕事~内線電話

人間の本能とは恐ろしいものだ。

真面目に仕事をしようと
固く誓ったばかりなのに、
睡魔が僕を襲った。

目が閉じかけて、ハッとする。

・・・やってしまった・・・

ついさっき吉田さんの居眠りに
コオさんが怒ったばかりなのに。

未遂とはいえ、
タイミングが悪すぎる・・・

とりあえず
隣にいるコオさんのご機嫌を
空気から感じようと集中する。

コオさんがキーボードを叩く音が聞こえる。

音量は普通。

・・・大丈夫、かもしれない。

ふう、と安心していると
電話が鳴った。

小さくびくっとしてしまう僕。

「はい、総務三課です。
 ・・・少々お待ちください。
 コオさん、部長から内線です」

電話を取ったじゅんさんが言った。

コオさんは「はーい」と答えて、
電話に出た。

電話が終わったコオさんは僕に

「灰田君、研修で電話の取り方、
 教わったよね?」

と言った。

「はい、教わりました」

苦手だったけど、と内心思いながら
僕は答える。

「じゃ、次から電話取ってね。」

と軽く言い、
ちょっと顔を上げて

「じゅん、あっこ、
 電話は灰田君に取らせて」

と二人に言った。

「はーい」「ラッキー」

二人が口々に言うのを聞いて、
コオさんは

「灰田君、電話で
 わからないことがあったら二人に聞いて。

 二人ともフォローよろしくね。
 今年の新人は灰田君一人なんだから」

とまた顔を少し上げて言った。

じゅんさんとあっこさんは
「はーい」と小さい声で答えた。

コオさんの指令に
僕の眠気はふっ飛んだ。

外線だったら、まず社名を言う。

内線だったら『総務三課です』と言う。

電話先の人の名前は必ずメモを取って・・・
とぐるぐる考えていると、

「暇な課だから、そんなに電話来ないよ」

と、じゅんさんが声をかけてくれた。

「はいっ」

僕は答えたが、緊張のあまり声が上ずる。

隠せないほどに動揺していることが恥ずかしい
と思っていると、
電話が鳴った。

内線電話のベルだった。

じゅんさんが電話を僕に向けてくれたので、
取らないわけにはいかない。

「はいっ、そ、総務三課です。」

僕の声は思ったように出てくれなかった。

「・・・です。コオいる?」

心臓がうるさくて、名前が聞き取れない。

僕は焦った。

と、とにかく、名前を聞かないと。

「・・・す、すみません、
 も、もう一度お名前をいただいても
 よろしかったでしょうか?」

聞き方が変!
僕のバカ!

心の中で頭を抱えていると、

「総務部の、宮崎です。
 郡山さん、お願いします」

電話先の人はゆっくり話してくれた。

落ち着いて聞いてみれば、
研修中にお世話になった総務の部長だった。

僕はやっと呼吸が出来たような気がする。

「あ・・・少々お待ちください。
 ・・・郡山さん、宮崎部長からお電話です」

とコオさんに伝えた。

「はーい」

コオさんは僕の緊張に目もくれず、
何事もなかったように電話に出た。

僕はほっと胸をなでおろした。

「オッケー、ばっちりだよ、灰田君」

とじゅんさんが小声で言ってくれたので、
僕はまた安心した。

その後も電話は何回か鳴ったが、
全部部長からコオさんへの電話で
さすがの僕も慣れてきた。

そして、
いかにコオさん中心に三課がまわっているか、
ということもわかってきた。

下柳課長は新聞を読んで
うたた寝しているだけで、
皆への指示はすべてコオさんからだった。

僕はパソコンのセットアップと
電話番をしながら、
密かにコオさんの行動を追ってしまっていた。

自分の仕事をしながら、
他のメンバーの机をまわり、
仕事の進捗を確認する。

(というとかっこいいが、
寝るな、とか、それは休み時間にやって、
とか言ってばかりだけど)

落ちこぼれのメンバー相手に
投げやりにならず、
きちんと相手をしているように見えた。

そんなコオさんを
僕はすごい人なのではないかと思い始めていた。
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