砂糖漬け紳士の食べ方
マスコミ嫌い・人嫌いと悪評高かった伊達圭介のインタビュー記事は、無事に『月刊キャンバニスト』の巻頭を飾った。
前号の予告文のおかげか、それとも伊達の悪評のおかげか。
部数は当初の予想を超え、8千部増刷された。
自分の予想を遥かに超えた部数が出たことで、編集長は満足そうに笑う。
「よしよし、この企画は当たりだな!」
塩せんべいをバリバリと噛む編集長を見ながら、中野はひそりとアキへ苦言を落とした。
「お前のせいでプレッシャーじゃねえか…」
思わぬイヤミに、アキは中野に噛みつく。
「何でよ」
「続きものだろ、この企画。俺、次の担当なんだよ…」
灰色でもついていそうなため息を吐き出し、中野はガクリと脱力する。
彼が言うに、この次のインタビュー対象は、なんとあの日本画家の小河原らしい。
「この前載せた記事が好評だったみたいで、急遽…編集長も乗り気で…」
小河原の太っちょな体型がすぐさま思い起こされた。
あのカブトムシみたいなテラテラのスーツは、彼女でも忘れはしない。
「…ま、良かったじゃない。好評ってことで」
慰めるつもりで口にしたフォローは、中野をするり通り抜けていった。
「面倒だろ、ああいう先生って」
アキは頷きもせず、けれど否定もしなかった。代わりに、中野の肩を力強く叩く。
「ま、元気出して中野くん。同期の私が見守っていてあげよう」
彼は恨めしげにアキを見下ろす。
「あーあ…桜井がもっと女の子らしかったらなぁ」
そうしたらここでロマンス発生だろ、と、防御なのか攻撃なのか分からない言葉に
アキは快活に笑って、更に強く中野の肩を叩いた。
「仕方ないね!だってこれが私だし」
「先輩ー、すみません、ここ教えてもらってもいいですかー?」
二人の雑談に、綾子が割り込んできた。叩かれた肩を摩る中野は、やっぱり落ち込んだまま自席へ戻っていった。
「えーと、ここのタイトルデザインなんですけど…もう少し見やすくした方がいいですかね」
綾子が指す資料を見つつ、アキが言葉を添える。
「うーん…そうだね、じゃあ私が前に作った記事を参考してみる?」
後輩のためにとパソコンに向かい直す彼女に、綾子はひそりと囁いた。
「先輩、どうしたんですかー最近」
「んー?何が」
「とぼけないで下さいよー」
アキのわき腹をつつきながら、綾子がニヤニヤと声色を変える。
「この頃、帰り際にスマホ見て嬉しそうじゃないですかー」
中野との会話を断ち切ったのは、指導ではなくてこの事が聞きたかったためだろう。
この頃のアキは、綾子が見ているとおり、以前よりはサービス残業が減っている。
残業で遅くなったとしても、彼女は時折スマートフォンを見て、何かに励まされるかのように再び机に向かう。
『携帯の画面を見て仕事を頑張れる』なんて、そんなのは自分の子供の写真か、それとも恋人からのメールしかない。
綾子はそう確信している。
「彼氏さん、出来たんですか?うふふ」
しかしその物言いにも動じず、アキは穏やかに笑った。
否定もせず、しかし肯定もしないまま。
「はい、綾子のパソコンに参考記事を送っておいたから」
「あ…ありがとうございます」
先輩からのメールを確認しようと、綾子は自分のパソコンに目を戻した。
その間、アキはふと自分のスマートフォンを見つめる。
新着メールが1件、彼女の元へ来ていた。