砂糖漬け紳士の食べ方
冬の夕暮れは、早い。
レモンティーを溶かしたような風景は、伊達のマンションのベランダから見ると清々するほど美しい。
ベランダが高層だったから、それは一層だった。
「…伊達さん、私のことは気にしないでいいですから」
ベランダで手すりに寄りかかりながら、彼女は隣の男に言った。
外気で冷えたそれはひどく冷たい。
「んー?」
「ですから…タバコ。煙は気にしませんから、室内で吸って下さい。寒いでしょう?」
返事の代わりに、伊達は口をぽっかりと開ける。
丸い煙の塊がふわりと夜空へ浮かび、消えていった。
「じゃあ君が中に入っていなさい。風邪引くよ」
そう言って彼は、微かに唇を笑ませた。
傍目にはアキを思いやっているように聞こえるが、これは彼女が自分から離れないだろうと確信したうえでの言葉。
言われても自分の横からアキが離れないのを見て、自分への情を実感したいのだ。
「でも、良かったんですか。せっかくの絵を伊達さんの部屋に飾ってもらって」
「そもそも、部屋に飾るようなスペースが無いって言ったのは君だろう」
「…そうですけど」
「絵が見たいなら、私のところへ来ればいいだけの話だ」
そう言って、伊達は再びタバコを大きく吸い込む。
赤い火が一瞬強く光り、バニラの甘い匂いが広がっていく。
アキはふと、ベランダからリビングへ目をやった。
さきほど見せた最新号を、彼は喜んでくれた。「どうせなら思いっきり悪く書いてもらっても構わなかったのに」と暴言を吐きながら。
「あの絵の解釈は、記事のとおりで良かったでしょうか」
伊達はタバコを咥えたまま、チラと横を見る。
「結局伊達さんから、新作について教えて貰ってませんでしたから…間違った解釈じゃないか心配だったんです」
彼の視線は、再び夕暮れの風景に投げかけられた。
「…間違ってはないね。半分当たっていて、半分外れている」
そして紫煙をくゆらせ、沈黙を挟んだ後に呟く。
「あの絵は、ある女の子をモデルにした。
自分は強いからとつよがって、本心では泣きたくても、周りを気にして泣けない。
守らなきゃならないものばかり気にして、自分を犠牲にしている…。
そういう愚かさに、一種の母性を感じたから…制作意欲が刺激された」
無言の彼女に、伊達は卑しく笑った。
「ああ、そういえば誰かさんに似ているね。偶然だな」
鮮やかな夕日の色が、アキの頬を染める。
それは果たして陽の光なのか、それとも。
「…だから取材中には答えなかったんですね…素直にそのまま記事にされると困るから」
「さあ。何のことだろう」
伊達は喉の奥でクツクツと笑う。どこか楽しそうに。