砂糖漬け紳士の食べ方
《4》 紳士からの誘惑
それから数日。
「桜井ー、いい記事が出来そうか?」
「分かりません」
編集長に開口一番そう聞かれても
「桜井、伊達ってどういう人だった?やっぱり、マスコミ嫌いなのか」
「わかんない」
そう中野に探りを入れられても
「先輩~、伊達さんの写メ撮ってきて下さいよぉ。雑誌に載ってなくてー」
「あんた彼氏いるでしょ。だめ」
なんて隣の席の綾子にからかわれても
アキは、彼らに応えるような返答をしなかった。
いや、返答が出来なかったというのが正しい。
今までずっとベールに包まれていた画家。
このミステリアスな材料を、文字にどう表現すれば読者の好奇心が満足するだろう?
読者は伊達圭介の何が知りたいのか?という、駆け出しの編集者として尤もな葛藤はもちろんだったが
それよりも、彼の掴みどころの無さが何よりも彼女を悩ませていた。
というのも、二回の顔合わせを経ても『伊達圭介』という人間性が一向に掴めなかったからだ。
…たいてい、取材と称してその人に二回も会えば
「ああ、この人にはおべっかを使えばいい」とか
「余計なことはしゃべらないほうがいい」とか、そんな対処がおのずと分かってくるものなのに。
紳士的なのか?と思えば、いかにも「笑顔を合わせてますよ」という風に振る舞い、
ドライなのか?と思えば、コーヒーが苦手と見たアキのために紅茶に変更し、わざわざタバコもベランダで吸ったり…。
編集部員に、次々と「伊達圭介はどういう人だったの?」と聞かれても、アキは「分からない」と答えるほかなかった。
わ
か
ら
な
い。
この五文字が、最も的確で最も端的に、彼という人間を表現しているからだ。
そして、更に彼女を困惑させていたのが、伊達が「人と話す必要がない」という理由で受注していたイラストの類であった。
取材初日、彼女は編集部に戻って早々に資料室へ駆け込んだ。
彼が手がけたというイラストやデザインを見て、勉強し、「すてきなデザインでしたねー」なんて、次の取材への潤滑剤にするためだ。
しかし出てきたのは、一枚一枚全て、タッチや色遣いが違う作品だった。
彼女はこれに愕然とした。
たいていはどんな人間にも、描き方の癖やタッチが違うもので
仕事を頼む側は、その味わいを少しでも紙の上に反映して欲しくて、そのタッチが欲しくて、仕事を頼むものだ。
なのに、伊達が描いたというイラストやデザインは、アキが画集で目にしていたものとまるで違う。
ほんわか鉛筆タッチ、というのもあれば、コンピューターグラフィックデザイン的なものもある。
もし言われなければ、一人の人間が描いた作品だとは気付かないだろう。