砂糖漬け紳士の食べ方
アキはこれにとどまらず、今度は同じ社内のデザイン部へ顔を出した。
伊達へポスターデザインを頼んだ社員に、直接話を聞くためである。
そしてここでもやっぱり、一層『伊達圭介』という人間像はつかめず、
ひどいことに、それはより曖昧になってしまった。
デザインを伊達へ頼んだ経験がある社員が、開口一番「ああ!あのなんでも屋さんの人ね!」と笑う。
「なんでも屋さん、ってなんでしょうか…?」
30すぎの女性社員は、ルージュの唇を軽く噛みながら、アキへあれこれと話を繰り広げた。
「面白いのよあの人。
こっちが依頼するタッチ…っていうのかしら、
ほら、素朴な~とか、若い女の子が好きそうな~とか、そういうのを全部変えて描いちゃうのよ。
だからうちの部で『なんでも屋さん』って呼ばれてるわね。
…あ、内緒ね、これ」
話を聞く限りでは、クライアントの依頼を忠実に再現できる、腕のいい人、という感じだ。
「とは言っても、やっぱり私らとしては『このキャンペーンポスターには、あの人のああいう作風が似合う!』って確信して仕事を依頼する訳だから、あんな風に、あの人自身の作風が無いと依頼はしないわね。
どうしても穴が開いた!っていう時に頼む感じかな。だって便利だもん」
彼女の話では、デザイン依頼、打ち合わせ、訂正等、全てメールでやり取りしたらしい。
とは言っても、たいてい伊達は修正1回のみで、こちらの依頼する内容にピタリ一致するイラストを仕上げる、とのことだった。
それがどんな作風であれ。
デザイン部を出て、自分の席に戻っても、消化しきれない感情がどこかお腹の中に残っていた。
日展に出した時のような、…彼が言う『筆を折る』前には、彼なりのタッチが合ったのに
どうして筆を折った時以降の絵は、様々にタッチを変えているのだろうか。
話を聞いた限りでは、クライアントの依頼を忠実に再現できる、腕のいい人、という感じだ。
タッチを変えるのは、それこそ簡単なことではない、それは十分に分かっている…。
けど。
胸に去来するのは、寂しさ以外何ものでもなかった。
畳1畳ほどのキャンバスいっぱいに塗られた、毒々しい色。
それを使って表現された、人の優しさが滲み出た1場面。
自分があんなに心奪われたあの絵を、あのタッチを、彼は捨てていたのだ。
あの日の感動を、まるで置いてけぼりにされたようだった。