砂糖漬け紳士の食べ方
彼の来歴をキーボードに打ち込み、まとめながら、アキの脳内にはやるべき項目が整理され始めていた。
読者がどう面白く読むか、じゃない。
一人のファンとして、伊達圭介の心の移り変わりを書こう────。
アキは、今後の取材内容を具体的に列挙し、それを編集長に見せた。
しかし編集長は、横目でそれを見るなり、机へ投げ捨てたのだった。
「ボツ」と言いながら。
「…お前、うちに来て何年目だ?『キャンバニスト』はヒューマン雑誌じゃない。
美術界を、素人にも面白おかしく興味を持ってもらうための雑誌だ」
編集長の目線は、もはやアキの作った企画書に移ろうとはしなかった。
代わりに、中野が先に提出していたらしい別企画の案を見始める。
「伊達圭介の絵のタッチが変わったことなんて、読者はどうでもいい。
確かに、日展受賞から今への心理的な移り変わりには興味があるかもしれんけどね」
無作法ながらも的確な指摘に、彼女は無意識に眉間の皺を寄せた。
「伊達圭介に1枚描いてもらえ。展覧会に出す名目で。再び表舞台に立つまでの独占取材、ってわけだ」
「…ですが編集長、伊達さんは『もう油絵は描かない』と仰ってまして」
「だーから。そこを何とかするのがお前の役目だろ、桜井。
もう油絵を描かない理由ってなんだ?そこから突き崩せ」
この議論はもうおしまい、とばかりに、編集長は中野を自席に呼びつけた。
「中野ー、ちょっと来てくれるか」
アキにはもう反論の言葉が思いつかず、一礼し、再び席へ戻る。
───もう油絵を描かない理由ってなんだ?そこから突き崩せ
編集長としては、アキへ「アドバイス」のつもりで口にした言葉だろう。
的確だ。
確かにそこから彼の深い心情に切り込み、同情し、励まし、奮い立たせれば、絵を描いてくれるかもしれない。
だがその難しさは、伊達と二回顔を合わせたアキだからこそ、心身に染みわたって理解している。
「…私が面接合格した理由すら、教えてくれない人なのに」
彼女のぼやきは、編集部の騒然たるざわめきに紛れて、消えていった。