砂糖漬け紳士の食べ方
「編集長、お願いします」
「だめー」
それからは、
「お願いします!」
「だめったらだめー。早く次の取材の構想練りなさい」
アキと編集長の熾烈な争いが繰り広げられた。
とはいえ、彼女が一方的に編集長へ食い下がるだけなのだが。
「だからこそ進言しています。
理由があって筆を折った人に、無理やり取材のために絵を描かせるのは、美術の精神の根本に関わるんじゃないですか?」
編集長が部室にいる時、会議に出る時、会議に終わった時。
「この話は前にしたっきり変わらない。俺は忙しいのー」
彼女は様々な機会を狙っては編集長に声をかけるのだが、その度に話はこのセリフで打ち切られていた。
3回目の取材が近づいてきても、編集長は自分の意見を曲げなかった。
『伊達圭介の油絵制作現場を取材しろ』。
アキ自身の『伊達に無理はさせたくない』という良心と、『売れる記事を書くためには多少致し方ない』という虚栄心は葛藤した。
もし伊達自身が絵を描く事が苦にならないのであれば、それはもう願ったり叶ったりだ。
けれど確かにあの時、彼はハッキリと『その取材には協力出来ない』と口にした…。
ファンとして、伊達さんに無理はさせたくない。
ああ、でも、こっちは仕事だから仕方ない。
だけど…。
もう何百回と繰り返された自問自答は、アキの脳内に心に折重なり、折重なり、もはやパイ生地のように固くこわばり始めていた。
あの、つかみどころのない伊達と親密になれれば事態は変わるのだろう。
しかし油絵を描くというのは、一昼夜で出来るものでもない。
記事にする期間も考えると、もう次の取材時には『製作現場を取材させて欲しい』と伊達に頼み込まなければ記事が間に合わない。
アキの思い悩みぶりに、中野は同期として心配せざるを得なかった。
それほどまでに、彼女が日を追うごとに憔悴し始めていたのだ。
「…おい桜井。今夜、飲み行かないか?ほら、総務の作山も誘っておくからさ」
中野の気遣いすら「やらなきゃならないことがあるから」と踏みにじる彼女に、もう他人の優しさを享受する余裕もないのは明白だ。
それでもなんとか中野は「たまには息抜きしないと、いい仕事が出来ないぜ」と彼女を言いくるめ、夜の駅前に腕を引っ張っていったのだった。