砂糖漬け紳士の食べ方


しかしこちらだって仕事なのだ。

はいそうですよねと、簡単に引き下がるわけにはいかない。

アキが彼へ身を乗り出した。



「では失礼ついでにもう一つお願いがあります。
伊達さんの制作過程を取材させていただきたいんです」



伊達の視線が、好戦的な彼女とかちあった。

彼は前髪の奥でゆっくりとその目をすがめ、そして言う。




「…以前に私は言ったはずだよ。それには協力出来ない、と」

「はい。以前もお聞きしました。その上でお願いしております」




アキの言葉尻に、ほんの少しの力強さが混じった。


沈黙が再び訪れる。

しかし今回の空白は、彼女が会話に迷ったから生じていたような、あんな無意味な空白ではなかった。



心の読み合いだ。



のち、軽いため息が伊達の薄い唇から漏れた。




「まさか、OKもらうまで帰らないなんて言わないだろうね?」


「伊達さんがお望みでしたら立てこもりますが」


「…私は、君のような若い子をここに軟禁するほど女に飢えてないんでね」



今日は帰りなさい、と伊達は掠れた声で続けた。

しかし先ほどのように、彼女のことを茶化すような軽い口ぶりではない。

そうならじゃあもうひと押し、とばかりにアキが立ち上がる。



「ですが、」




だが彼女の反論は、伊達によってぶつり途切れさせられる。

彼のヒヤリとした手が、無理やりアキの顎をつかみ、自分の顔の方へグイと持ち上げたのだ。



アキの鼻をかすめるバニラの香りは、甘く優しいものなのに

その主は、驚くほど無機質な目を彼女へと向ける。



近い。



もし今、彼女が背を少し伸ばせば、彼の鼻へ唇を寄せられるほどに。


伊達の薄い唇が、ゆっくりと半円をえがく。



この二人きりの空間に、もしも一滴の『ロマンス』があれば

恋愛小説よろしく、それはそれは劇的なモノに変わっただろう。






「…それとも、何だい?」



彼はわざとらしく、囁くように言葉を彼女へ落とした。








「画家に1枚の絵を描かせる代わりに…君がカラダで払ってくれるのかな?桜井さん」







今の二人きりの空間に、もしも一滴の『ドラマチック』があれば

恋愛映画よろしく、それはそれは劇的でロマンチックで素敵なモノに変わっただろう。



…しかしそれはあくまで仮定の話で

事実、今は針1本でも落としてしまえば弾けそうな沈黙がリビングを満たしている。









その骨々しい親指が、彼女の顎をなぞる。


まるで、キスをする1秒前。




本来ならそれだけで背筋をぞくりとさせるような官能的な愛撫なのに

アキは、ただひたすらに目の前の伊達を睨む。

侮蔑の意味を込めて。




彼の長い前髪の奥に、切れ長の目が見えた。


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