砂糖漬け紳士の食べ方


潤みの一端も見せないアキの目に

ふ、と伊達の口から乾いた笑いが漏れた。




「…冗談だよ」



そうしてやっと顎から彼の指が離れ、アキは小さく小さく安堵の呼吸をした。

張り詰めていた緊張が、ほどける。





「…だが、まあ、君も用心すべきだね」と伊達が続けた。


「仕事とはいえ、こうやって40近い独身男と長時間二人っきりなんだから。

私だからいいものの、そういう人間もいるってことをね…」



伊達は溜め息混じりが再びソファへドカリと座った。



「仕切り直しだ。今日は帰りなさい。また後日に連絡をするから」

「私、伊達さんの絵が見たいです」



カップへ紅茶を注ごうとした彼が、アキへ視線をやった。

その射る目線に負けず、彼女は構わずに口を開く。


「イラストも、デザインも、出来うる限り拝見させて頂きました。素敵だったと思います。

でも…。
ただ、これはファンの一人として、
何の打算も悪意もなく、

…伊達さんの油絵をまた見たい、と思っています」



アキは、彼の瞳の中に自分を見る。

映る姿はいつにも増して真剣さを帯びていた。


「この気持ちだけは、伊達さんに聞きいれて頂きたいです」



伊達はしばらくアキを見ていたが、しかしつまらなそうにすぐ視線を外し、再び紅茶を注ぐことに集中し始めた。

静かな水音だけが2人の隙間を埋めていく。




「伊達さん、あの」


「いいから今日は帰りなさい、日が暮れる」




彼の言葉には、『もう話は聞かない』風の強情さが滲んでいた。

アキの視線が無意識に床へと落ちる。




「…分かりました。長時間申し訳ありませんでした」



アキは、ここに来てからソファに置きっぱなしになっていたバッグを掴む。

伊達は何食わぬといった様子で、紅茶へまた角砂糖を3つほど投げ入れた。


カラカラ…。

銀のスプーンが、カップへ触れる音。




「それでは失礼致します」



カラ…。




そうして彼女が伊達に深々と頭を下げたあと。

ようやく、彼女は自分の異変に気付く。




勢いよく下げた頭の、その血が、頭へ戻らない。

急な眩暈が、彼女に頭を上げ直すことをさせなかったのだ。





フローリングとの距離が狂う。


まるで大きなコマを、思い切り脳の中で回すような───。





あ。


と思った瞬間には、アキの体はお辞儀をしたままで床へ崩れ落ちた。



スプーンが紅茶をかき混ぜる音が、床へ彼女が倒れこんだ音に消される。



目眩の次に感じたのは、頬に触れるフローリングの冷たさ。

そして次に感じたのは、胃の中を乱暴に掻き回すような吐き気だった。



「おい、君、どうした?」


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