砂糖漬け紳士の食べ方
近くて遠い別の部屋から聞こえるような、伊達の大声が耳を突き抜けていく。
大丈夫です、ちょっと目眩がしただけ、と弁明するつもりの唇が動かない。
伊達が力強くアキの体を起こした。
彼女に抵抗する力はなく、ただ半身を起こされるままになった。
めまいが、と微かに訴える彼女の顔は青ざめている。
伊達は咄嗟に彼女の顔に傷がないか見たが、どこも床へぶつけてはいないらしい。彼は一人安堵した。
「す…すみませ、ひんけつ、ですたぶん」
「貧血?」
君はちゃんと昼食を取ったのか?と伊達は責める唇を開きかけた。
しかし、今日のアキの手土産が今回も『行列が絶えない人気スイーツ店のもの』だったことを思い出し、止めた。
「しばらく、座っていれば、大丈夫、ですから」
必死の弁明虚しく、伊達は彼女の脇を抱え、ソファへ背中を預けさせた。
アキに再び目眩が襲い、彼女はそれをやり過ごそうと目を閉じる。
あーあ、作山が言ったとおりだ。
アキは居酒屋の夜を思い起こし、無性に泣きたくなる。
あの夜、同期がせっかくアドバイスしてくれたのに…。
「君、この後は直帰なのかい」
一人反省していたアキは、伊達の声でようやく目をこじ開けた。
願うならこのままそっとしておいて欲しい…。
伊達は、ソファへ座るアキの側に膝をついている。
「…いえ、会社に戻るつもりでした…」
「直帰しなさい。しばらくここで休んでいけばいい」
「や……でも、本当に、仕事が…」
その言葉に、伊達が今までになく眉をしかめた。
かと思えば何をするのか、おもむろに自分の携帯電話を取り出す。
「…ああ、キャンバニスト編集部ですか。
山本編集長をお願いします。伊達圭介と言えば分かりますから」
伊達が電話をかけた場所を聞き、閉じかけていた瞼を開く。
編集長?何で?
もしかしてもう取材をクビにされるかも、という彼女の恐怖はいよいよ膨らむ。
伊達が言う。
「…あ、どうも。伊達です。
おたくの桜井さん、今こちらに来ているんですが」
──取材先で倒れるなんてことをやらかしたので、もう交代してもらっていいですかね?
アキは、ぎゅうと目を瞑る。
次に続く彼の言葉が、おそらくこうだろうと思い込んで。
しかし
「取材が長引きそうなんです。
…それで、取材が終わったらそのまま彼女を直帰させてもらいたいんですが」
彼が編集長へ告げた言葉は、アキの思惑をやすやすと裏切った。
「ええ…はい。どうも。ではまた」
電話を切った伊達が、ソファで驚愕の表情を浮かべるアキを見下ろす。
「これでいいだろう」
沈黙は、きっかり3秒続いた。
「あ…ええ、はい…」
変わらず目眩はアキの視線を狂わせているのに、目の前の伊達から目が離せなかった。
彼は溜め息をつき、言った。
「…寝室なら暖房も効く。そんなソファじゃ休んだ気がしないだろ?」
アキが反論を出す前に、伊達はやすやすと彼女の脇を抱え、ソファへ立たせた。