砂糖漬け紳士の食べ方
伊達が何のためらいもなくリビングを出て、寝室のドアを開ける頃になって、ようやく彼女が拒否の声をあげた。
「あっあの!大丈夫です!私帰ります!」
「こんなフラフラした足で何を言ってるんだ、子供でもないだろう。
いいからこっちに来なさい」
伊達から強く腕を引かれ、寝室に入ってしまい、そしてひとつきりのベッドを見た瞬間にアキの脳裏に先ほどのやり取りがフラッシュバックしてしまう。
───君がカラダで払ってくれるのかい?
「い、い、いいです!大丈夫です!」
「何がどう大丈夫なんだ、言ってみなさい」
言おうとして、また強烈な目眩が彼女の足を折らせた。
咄嗟にアキの細い体を抱え込んだ伊達が「…ほらみろ」とぼやく。
いよいよアキの顔は、泣き顔になりつつあった。
もう、どうしようもない。
どうしようもなく無様で、カッコ悪い。
伊達は、抱えるアキが鼻をすすり始めたことに気づいた。
ふと、彼女の腕を掴む力が緩む。
彼女は、下を向いたまま顔をあげない。
伊達が言った。
アキの頭に、柔らかく手を乗せながら。
「……誰も、具合が悪い子を襲ったりしないから。
さっきのは悪い冗談だ」
まるで、眠れない子をあやすように、柔らかく、優しく。
「ね?……おいで」
それは今までに彼から聞いたことのない、耳をふんわりと撫でる穏やかな声だった。
それでもアキは、顔をあげなかった。
しかし手を引く伊達に、もう逆らう気力はない。
寝室は、大きなベッドと袖机があるだけだった。
彼は、ベッドへ入るようにとアキへ言い、寝室の暖房をつける。
「…時間は気にしなくていい。休んでなさい」
そして、それだけを言い残して寝室を出て行ってしまった。
ただその声は、優しいままに。
アキは涙が滲んだ瞼を無理に擦り、けれど開けることはしなかった。
それほどに伊達のベッドは柔らかく、大きく、目眩のする身体を預けるには最適だったのだ。
枕に顔を埋めると、あのタバコのバニラの匂いと、微かにハーブのような苦い香りがした。
…なんだろう……香水、じゃないな…
でも落ち着く…
三呼吸する間に、アキの意識はふわりと飛んで行ってしまった。