砂糖漬け紳士の食べ方
《5》 紳士と奇妙なお茶会
後日、アキは中野の取材補助として都内のホテルにやってきていた。
編集部員である以上、伊達圭介の取材だけにつきっきりでいる訳にもいかない。
「だからね、僕が描こうとしている世界というのは…」
某ホテル、スイートルームの一室。
大げさな身ぶり手ぶりを交えつつ、『僕の世界』という題目で熱弁を奮っているのは、伊達と同じ年代の日本画家である。
彼も、伊達と同様に『月刊キャンバニスト』の新企画で取り上げられる予定の人物だ。
しかし年が若い割に出ている腹は、ソファにどっかりと腰をかけていると余計に目立つ。
スイートルームでの取材は、無論、日本画家の彼がご所望したものである。
ただ取材をするだけにはもったいないほどの広さ。
品良くまとめられたインテリア。
靴が沈むんじゃないかと思うほどにフカフカのじゅうたん。
部屋が立派だからこそ、彼のでっぷりした腹は余計に滑稽に見える。
中野はメモを取りつつ、営業用の笑顔で目の前の画家に言った。
「なるほど…。小河原先生の制作への意気込み、こちらも勉強になります」
『こちらも勉強になります』。
このフレーズは、コメントに困るような話の相槌として、とても便利なものだ。
アナウンサーが、食レポートに困るようなものを食べた時に『わあ、お酒に合いそうですね』と言うのと同じ。
しかし小河原という日本画家は、中野のおべっかに満足そうに笑い声をあげる。
彼が着込んでいるスーツの布地はテラテラとしていて、傍目でも高級ブティックで仕上げたのが分かるほどだ。
「だろう?まあ、僕の精神論を理解出来る人間も、そうそういないんだけどね」
小河原の『制作に込めた想い』論は、最近受賞した作品の概要から始まり、
制作の初めに必ず行う願掛け、
幼い頃に衝撃を受けた出来事、
ニーチェの哲学論にまで及び、ぐるっと回って一周し、そして再び制作にかける想いまで風呂敷を広げていた。
これがかれこれ1時間である。
アキは中野の後ろで、カメラを構えつつ欠伸を噛み殺していた。
小河原は気付かないものの、話を聞いている中野もその中だるみな雰囲気を察したらしい。
わざとらしく自分の腕時計を見つつ「あー」といかにも残念そうな声を上げた。
「そろそろお時間が近づいてきてしまいましたね」
「んん?そう?」
「では先生、最後に作品に対する想いをお聞きしたいんですが」
「うーん、そうだねぇ…」
小河原がそれらしく腕組みする。
黒々とセットされた髪は、どことなくカブトムシを思わせた。
「僕にとって絵を描くということは、自分自身の想いを外に吐き出すことだからね。
そこに何かを感じ取ってくれればいいが、
まあ、別に僕の絵が分からない奴には分からなくていい、って気持ちで描いているよ。はは」
中野の乾いた笑いで、取材は終わりを告げた。
アキは愛想良く、カメラのファインダー越しに「では写真をお撮りしますね」と笑う。
一応、きちんと取材補助の役目は果たさなければいけない。
カメラで四角く切り取られた小田原は、ネクタイを正した。