砂糖漬け紳士の食べ方
「…大分、濃い人だったね」
画家の小河原をホテルロビーで見送った後、すぐさま口を開いたのはアキだった。
彼女を横目で見つつ、しかし中野はあっさりと言う。
「あんなもんだろ」と。
「あれぐらい個性が強くなきゃ、面白い絵が描けないんじゃないの?知らんけどさ」
アキは軽く唇を突き出す。
最近受賞した小河原の絵は、確かに中野の言うようになかなか個性的な女性の絵だ。
「…でも、描く絵は竹久夢二みたいな繊細な女性の絵なんだけどね。意外にも」
「理想の女性像でも投影してるんじゃないの」
「はは。あり得る」
二人はカラカラと笑いながら、再びスイートルームに戻り、取材の片づけを始めた。
といっても、自分たちが持ってきていた資機材と、小河原のために用意したものしかないので、荷物は簡単にまとめられそうだ。
アキは使用したカメラをバッグへしまいながら、テーブル上に置かれているグラスへ目をやった。
炭酸水の入ったそれは、手つかずのまま。
小河原がご所望した『どこかの国の何とか池から汲んだ完全天然の炭酸水』は、結局まったくの無駄に終わってしまった。
「せっかく取り寄せたのになぁ。飲まないんだったら、初めから言うなって思わない?」
「飲めよ桜井。もったいない」
「嫌だよ。中野くんが飲みなよ」
「俺は可愛い女の子が口つけた奴しか飲まないのー」
アキはすっかり気の抜けた炭酸水を、部屋の洗面台にためらいなく捨てる。
封を開けていない炭酸水の瓶が残り2本あるが、それは編集部に持ち帰って綾子と飲もうと算段した。
「あー、桜井、レコーダーある?」
「はい、これ。ちゃんと録音確認はしたから」
「どーも」
中野は、自分のビジネスバッグへレコーダーとノートを丁寧にしまいこむ。
最後にスイートルームをざっと見渡し、取材の後片付けはあっさり10分で終わった。
中野は腕時計を見つつ、言った。
「昼飯でも食べてから会社に帰るか。
お前、何が食べたい?」
その時になってようやくアキが自分自身の空腹に気付く。
とはいえ、仕事の時の昼食に、
パスタとかフレンチとか、
そんなオシャレなものを同期の男とは食べる気にはならない。
「そうだなー…。
あ、そういえば駅前に美味しいラーメン屋さんが出来たらしいよ。そこはどう?」
相談は、会話3つを交わしただけであっけなくまとまった。