砂糖漬け紳士の食べ方
編集部へ戻って早々、中野はレコーダーからの文字起こしにとりかかる。
撮影した小河原の画像を印刷し、アキはようやく取材補助の仕事を終わらせた。
カメラの中に映る小河原は、これでもかとばかりにワックスを髪に塗りたくっていたせいか、妙に艶めきだった姿だ。
…伊達さんと、真逆だな。
アキはその写真の画像を消しながら、ぼんやりと思った。
同じ年代の画家で、ジャンルの違いはあれど、ここまであらゆることが逆なのも面白い。
自論を『他の人に分かって欲しい』とばかりに展開する小河原。
反対に、伊達は『自分の領域だけには他の誰もいれない』という頑なさを感じる。
服装だって真逆。
せっかくの高身長を生かしもしない、ざっくばらんな服装の伊達と
これでもかとばかりにきちんと身だしなみを整えていた小河原…。
資機材室に、使用したカメラを戻す。
「編集長。カメラ、返却しました」
「おーう。サンキュー」
編集長は「伊達圭介から制作取材の許可を貰うまで話しかけるな」とばかりに、アキに特段それについての話はしなかった。
今だって、デザイン部から貰ったらしい豆大福を頬張りながら、パソコンで今月号の記事並びを確認している。
逆に彼女としても、一度一度の取材が終わるたびに「どうだったんだ」なんて編集長につつかれなくて済むことに安堵しているのだが。
──どうせあの伊達大先生と小河原先生をだぶらせたんだろう。
パソコンを開くと、同期である総務の作山からメールが来ていた。
相変わらず面倒見のいい彼女は、『今度は女子会しようよ!いいお店見つけたんだ』とアキを気遣うメールをわざわざ送ってきたのだ。
──見てると、お前って、自分が納得してないことは出来ない性分だよな。
──編集長から、伊達大先生に絵を描かせろっていう話にも賛成してないみたいだし。
「…………」
アキは作山からのメールに、『そうだね、スケジュール見てみるわ』と当たり障りない返信をした。
画面からメールのアイコンが飛び、消え去る。
飲み会をしたあの夜、作山が自分のことを心配してくれたのは確かに嬉しかった。
けれど…。
『女の子なんだから、体は大事にしなさい』。
伊達のその柔らかな一言が、ずっとアキの心の隅の隅に小さくこびりついている。
あの夜から、ずっと。
『女の子なんだから』。
そのあとに続く言葉なんて、『女の子らしくしなさい』しかアキは聞いたことがなかった。
小さい時も、学生の時も、ややもすれば今だってたまに中野に言われるくらいだ。
しかしアキはそれを聞くたびに、世間が求める『女の子像』には自分が当てはまっていないことに小さく傷ついていた。
自分は自分のままでいるのに、どうしてそれを良しとしてくれないんだろう、と。
時代はジェンダーフリー、男女平等が高らかにうたわれている。
でも結局、可愛い女の子に男の人は骨を抜かれるし
『白雪姫』だって
『シンデレラ』だって
『人魚姫』だって
必ず冒頭にはこう書かれている────昔々あるところに、とても美しい娘がいました─。
言うなら、嫉妬。
例えるなら、憧れ。
自分がはなから持っていないものを持っている女の子に。
「すいません、先輩ー。ここ、教えてくれませんかぁ」
綾子の声に、思考がぶっつりと途切れた。
「あ、うん。いいよ、どこ?」
「えーと、ここなんですけど。どういう風に文章持っていけば効果的かなーって」
「ここね。そうだなー、まずそこの文章を切って…それから」
綾子のパソコンを覗き込むと、彼女から甘い香水の匂いがした。
ふわふわと弾けそうな、綿菓子に似た────。