砂糖漬け紳士の食べ方




鈍い音がした。


まるで、切れない刃物で腕の肉をそぎ落とすような、あんな風に耳障りな音。






突如の行動に目を見開く彼女をよそにし、伊達はキャンバスの真ん中に突き立てた果物ナイフを抜く。


そしてまた───。



ぶつり。鈍い音。



伊達の目には、悲しみも、まして怒りの色すら見えなかった。



ただ機械的にキャンバスを引き裂き、貫いて、

もはやそれが『伊達圭介の贋作』とは分からなくなった頃

ようやくナイフをテーブルへと置いたのだった。




「………」



アキは、自分に溢れる様々な感情を飲み込むために、あえて紅茶に口をつけた。


『贋作』のキャンバス面はズタズタで、これだけを見たらまるで画家が発狂したかのようだ。




「…どれくらい、出回ってるんですか。その…ニセモノが」



そうだね、と答える彼の顔に、もう疲れは見えない。




「20は買ったかな。

…私が若いころに描いた作品だと称して、勝手に作られていたから」



経歴のない若いうちに有名な賞を受賞したから、業者の恰好な餌食だったんだろう、と伊達が続けた。




もし編集者としてえげつないほどの仕事魂があるなら、この時彼女はこう尋ねるべきであった。


『贋作が高値で取引されている現状、どういうお気持ちですか』。




しかし残念ながら彼女にそこまでの精神はない。


悔しい、とか、

悲しい、とか、

そんな、簡単な言葉では表現出来ない事が理解出来る気がしたからだ。




「……あ、伊達さん、ちょうどいい時間ですし、おやついかがですか。

私、今回も美味しいスイーツを差し入れとして持ってきておりまして」




代わりに口から出たのは、とても幼稚な慰めの言葉だった。



でもそのセリフに込めたのは紛れもなく伊達への同情で

彼もそれに気付いたのか、アキの申し出に少々驚いたように目を見開くも「そうだね」と穏やかに言葉を重ねたのだった。






< 36 / 121 >

この作品をシェア

pagetop