砂糖漬け紳士の食べ方
鈍い音がした。
まるで、切れない刃物で腕の肉をそぎ落とすような、あんな風に耳障りな音。
突如の行動に目を見開く彼女をよそにし、伊達はキャンバスの真ん中に突き立てた果物ナイフを抜く。
そしてまた───。
ぶつり。鈍い音。
伊達の目には、悲しみも、まして怒りの色すら見えなかった。
ただ機械的にキャンバスを引き裂き、貫いて、
もはやそれが『伊達圭介の贋作』とは分からなくなった頃
ようやくナイフをテーブルへと置いたのだった。
「………」
アキは、自分に溢れる様々な感情を飲み込むために、あえて紅茶に口をつけた。
『贋作』のキャンバス面はズタズタで、これだけを見たらまるで画家が発狂したかのようだ。
「…どれくらい、出回ってるんですか。その…ニセモノが」
そうだね、と答える彼の顔に、もう疲れは見えない。
「20は買ったかな。
…私が若いころに描いた作品だと称して、勝手に作られていたから」
経歴のない若いうちに有名な賞を受賞したから、業者の恰好な餌食だったんだろう、と伊達が続けた。
もし編集者としてえげつないほどの仕事魂があるなら、この時彼女はこう尋ねるべきであった。
『贋作が高値で取引されている現状、どういうお気持ちですか』。
しかし残念ながら彼女にそこまでの精神はない。
悔しい、とか、
悲しい、とか、
そんな、簡単な言葉では表現出来ない事が理解出来る気がしたからだ。
「……あ、伊達さん、ちょうどいい時間ですし、おやついかがですか。
私、今回も美味しいスイーツを差し入れとして持ってきておりまして」
代わりに口から出たのは、とても幼稚な慰めの言葉だった。
でもそのセリフに込めたのは紛れもなく伊達への同情で
彼もそれに気付いたのか、アキの申し出に少々驚いたように目を見開くも「そうだね」と穏やかに言葉を重ねたのだった。