砂糖漬け紳士の食べ方
いかにも接待用として用意された和室を見るなり、伊達の表情はあっという間に曇りを帯びた。
編集長はそれに気付かないのか、それとも気付かないフリをしているのか、
ともかくも「部屋に入ったらこっちのもん」とばかりに、立ちつくす伊達の背を押し、和室へ無理やり入らせた。
着こんできた灰色のチェスターコートは、スラリとした身長の伊達だからこそ妙な圧迫感を感じる。
いや、感じているのは、アキだけであるのだが。
「…山本さん、私はあなたとの打ち合わせと聞いたんですが」
背を押されながら、伊達の低い声がアキにも聞こえた。明らかに、今までで格段に低い声だ。
その彼の一言で、編集長が「だーいじょうぶ!俺が何とかするから」とアキに簡単に言い放った理由が分かった。
「ええ、ええ。どうせなら美味しいものでも頂きながらの方が進みますよ、先生」
立ったままの伊達の視線が、ガチリとアキにぶつかった。
長い前髪の奥でゆっくりとすがめられた切れ長の目に、彼の静かな怒りを感じたのは言うまでもない。
アキはいたたまれなくなり、視線を彼から大きく外す。
「ほら、先生のコートをお預かりしろ」
編集長の一声に、綾子がすかさず立ち上がった。
「先生、コートよろしいですか?」
伊達は、自分の肩に手を添えようとしている綾子を一瞥し、そして再びアキを見る。
だがお互いの視線がかちあうことはない。
「いや、私はまだ打ち合わせをするとは…」
伊達の言葉尻に、いよいよ苛立ちが混ざってきた。
しかしそこはやはり編集長であって、それにもめげず、ヒソリと伊達へ耳打ちをする。
「こちらの和菓子、絶品だそうで…なんでも、皇室献上の抹茶を使用した和菓子だとか。
先生にぜひ召しあがって頂きたくて予約したんです」
編集長の押しの一言に、彼はしばらく眉根を寄せたまま、しかしそののち、綾子へ自分のコートを手渡した。
「さ、さ。どうぞこちらへ」
廊下側へアキ、中野。
上座側に伊達、その両側を挟むように編集長と綾子が座った。
…しかし、いまだにアキは伊達の方を見られない。