砂糖漬け紳士の食べ方
綾子の体を引っ張った反動で、アキは思い切りコンクリートの地面へと膝を打ちつけた。
ストッキングが破ける音が微かにアキにも聞こえた。
「あっ!先輩…! ちょっと、何すんのよあんたら!」
綾子がいよいよ大声を上げ始めたのを、彼女はコンクリートに突っ伏したままで知る。
何年振りかに転んだコンクリートの硬さを忘れていた。
右ひざから地面についたせいか、そこだけ皮膚を剥がしたような強い痛みを知る。
立ち上がろうとして、けれど思いのほか痛めた膝はガクガクと震え、自分の思うようにならない。
相も変わらず、通行人は通行人のままだった。
誰もが面倒事に巻き込まれたくないのだろう。
それはアキにだって分かるし、もし彼女が通行人だったら同じようにしたかもしれない。
「はい、行くよー」
男の声に、アキが顔をあげた。
綾子は奮闘したらしいが、酔いのせいでうまく反撃出来ないらしい。
アキは咄嗟に、自分のバッグを固く握った。
こんなバカな酔っ払いに話し合いは通じない。
かくなる上はこのバッグで顔ぶん殴って、綾子と走って交番にでも逃げ込もう───
「君、何してるんだ」
それはまさに、恋愛小説さながらのタイミングだった。
男二人が振り返った先には、息を乱した伊達がいた。
ただ、ここで伊達があっさりと男二人を撃退したのならドラマチックだったのに
現実は恋愛小説のように甘くない、とアキが痛感したのは
伊達が、男一人に頬を殴られ、彼女と同じく歩道へ倒れこんだのを目にした瞬間だった。
「…伊達さん、弱っ!」
アキの口から、まさしく本音中の本音が飛び出した。
腕を振った男は、ただ単に威嚇の意味で腕を軽く振ったのだろう、
しかし伊達があんまり簡単にダウンしたことに、自分で困惑しているようだ。
「えっ、俺、殴るつもりじゃなかったんだけど」なんて言っているくらいだ。
仰向けに倒れこんだ伊達は、呻き、自分の頬を押さえる。
「…おい、行こうぜ。あとが面倒臭いから」
もう一人がすかさず言うと、男二人は彼が立ち上がる前にそそくさと夜の街へと消えていった。
男と入れ替わりに走ってきたのは、中野と編集長だった。