砂糖漬け紳士の食べ方
「伊達せんせ…いきなり走り出したから、はあ、どうしたのかと…」


中野はぜいぜいと息を切らしながら言った。

対する編集長は、先ほどの酒が祟ったらしい、ふらふらする足取りでようやく中野へと追いついたのだった。



「伊達先生、大丈夫ですか!」


綾子がすかさず伊達を介抱する。

ようやっと半身を起した彼が、頭を二三回振り「…ああ、とりあえず」と呟いた。


このやり取りでなんとなく場を察した編集長が、伊達とアキと綾子を見比べる。




「あ、先生、血が…」


伊達の薄い唇から、鮮血が一筋垂れ落ちそうだった。



「…大丈夫です。これくらい」伊達は自分のコートで適当に血を拭った。



「桜井、立てるか?」中野がアキを立たせる。


「…うん。大丈夫。綾子は?」


アキは起き上がり、自分のスカートの汚れを払う。やっぱり思ったとおり、右ひざは大きく擦り剥いていた。



「私は大丈夫です、先輩と伊達先生のおかげです」


編集長は伊達に駆け寄り、綾子が出したハンカチを手に、伊達の口元へ添える。



「先生、病院へ行きましょう。治療費は私どもで出しますから」

「いや、いいです。大したことないので」



そうやり取りをする中で

中野は、アキと綾子を見比べ、安堵の表情で言った。




「しかし良かった。桜井がいてくれて。綾子だけだったら何かあったかもしれないもんな」


中野の言葉に反応したのは、アキ本人ではなく、意外にも伊達であった。



「……」

「う、うん。でしょ。私ほどたくましい女子はいないからね!」



アキの口は、自分の意に反して、いつもと同じ緩やかな半円を作った。




「かっこいい…!先輩、私と結婚して下さい…!」

「女の後輩に言われても嬉しくない」

「何ですかそれぇー」




張り付けた笑顔。わざとらしいまでに高い笑い声。


しかしそれをじっと見ていたのは、編集長でも中野でも綾子でもなく、伊達圭介だった。




「伊達先生、私どもでマンションまでお送りします」


伊達は、編集長の尤もな申し出を片手で制した。

代わりに、中野へ顔を上げる。




「ああ…いえ…。ナカノさん、といいましたか」

「は、はい」

「そちらの女性は大分酔っているみたいだ、あなたが送ってあげなさい」


そう言い、綾子を手で示す。

伊達の言いつけに、はいと力強く答える中野を見て、ようやく編集長が疑問の声をあげた。



「あの、それでは先生は…?」


「ああ、私は…」



伊達の視線が、アキにぶつかる。

思わず、背筋をギクリとさせる。




「担当者のアキさんに送ってもらいますから」


「えっ」

「いいかい?アキさん」

「えーっと…」



助けを求める意味で編集長をチラ見するも、編集長はそれに気付かず、むしろ顎で「お前、行けよ」としゃくって返してきた。



「じゃあ、行こうか。それじゃあ皆さん、今夜はどうも」


コートの汚れをはたき、再び颯爽と歩道を歩き出した伊達に、アキは「タクシー呼びます」という提案すら出来なかった。


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