砂糖漬け紳士の食べ方
「もともと行くつもりはなかった。
まあ、…本当は接待すら受けたくなかったんだがね」
何でもない、という風に彼はスラスラと理由を口にする。
その語尾に彼なりの毒が混じってはいるが。
「だけどあの場で帰るのも、山本編集長と君の立場が無くなるだろう?
仕方ないので我慢した」
「が、我慢…」
「それで、どうやって二次会を断ろうか考えていたんだが、見たら君たち二人が男と揉めているようだったから」
伊達が自分のコートを椅子へかける間、アキは無言だった。
揉めているようだったから。
そんな簡単な理由で、…腕っ節に自信があるのならまだしも、そうでない伊達が体を張ったなんて。
もし素直な可愛い子だったら、ここで涙を潤ませて、「ありがとうございます」と彼へ抱きつくんだろう。
だけど────。
アキの心に、怒りにも似た感情が生まれ始める。
もし相手がナイフを持っていたら?
それでもし利き手を刺されて、もう二度と絵が描けなくなったら?
「どうしてあんな無茶をしたんですか」
彼女は自分で思うより早く、伊達へ恫喝した。
ただ助けに来てくれたことを感謝するだけで、話は済まない。
伊達にも編集長にも中野にも面倒をかけたくなくて
自分だけで事を終わらせようとしていたのに、この人は、どうしてそれが分からないんだ。
「もし伊達さんが右手を怪我していたら、絵が描けなくなったかもしれな───」
「無茶をしていたのは、君だろう!」
アキの恫喝は、更に大きな伊達の一喝で消えた。
驚き、言おうとしていた言葉は、一瞬で宙に浮かんだ。
伊達は更にアキを追い詰めるように言葉を強くしたまま、言う。
「いいか、忘れるな。
君は女なんだ。どんなに強がろうが何しようが、結局は女なんだよ!」
「え、…で、でも」
「でももないだろうが!
どうするんだ、今日は君が転んだだけだったが、もしあいつらが君に恨みをもったら?
夜公園にでも連れ込まれてみろ!武道をしていようが、何をしていようが、乱暴されるだけだぞ!」
今までにない声色の強さに、けれど彼女も一歩も引かず、伊達へ怒鳴り返す。
「べ、別に、悪いことをした訳じゃないです!
後輩が嫌がってるのに、年上の私が黙って見てろっていうんですか!」
アキの言い返しに、いよいよ伊達が苛立ちをあらわにし始めた。
舌打ちを交えたため息が、リビングへ消える。
「じゃあ『年上』の君が同じ目に遭ったら、誰が助けるんだ」
「そ、その時は…自分で何とかします」
お互い視線をガッチリと組んだまま、だが一歩も引かずに沈黙が訪れた。
伊達はもうひとつため息を落とし、肩をすくめる。
「…怒鳴ったりして悪かった。忘れてくれ」
そう言い、疲れたようにどっかりとソファへ腰を下ろした。
こう言い争いが済んでしまうと、途端に罪悪感がやってくるものだ。
アキは慌てて伊達へ謝罪をしようとしたが、彼は思いもよらない方へ話を展開させた。
「…どうして君を、こんな夜中に私のマンションへ連れてきたと思う?」
唇の端。
伊達の赤黒い痣が、微かに動いた。
「君が、…泣きそうな顔をしていたからだ」