砂糖漬け紳士の食べ方
《7》 この差は何で埋めればいい?
ほとんど最近「帰って寝るだけ」になっていた自分の部屋は、帰宅すればやっぱり汚いままだった。
アキにすれば「汚いんじゃなくて散らかってるだけ!」という、似たり寄ったりな言い訳の状態なのだが。
昨日出し忘れた燃えるゴミ袋を足で蹴散らし、アキは玄関ドアを開けるなり一直線に居間へ向かった。
テレビボード下の、小物入れ。
そこに印鑑や保険証を入れているのだが、目的はそれじゃない。
預金通帳だ。
───ただ、私の絵は高いよ?
───私は、桜井アキ、君に聞いているんだ。
伊達のマンションから一歩足を踏み出した時から、このセリフは何度となくフラッシュバックしていた。
本来であれば、独身で40近い男性のマンションで一夜を過ごしたとなれば
それらしい浮ついた気持ちや心配に胸を膨らませるはずなのに
そんなことより心配なのは、明日の我が身にほかならなかった。
開いた通帳をいくら見ても、下6桁の残高は変わらない。
…現在の貯金、90万円。
伊達の贋作が、約300万円。贋作ですら。贋作、で、すら。
しかも今回は彼がわざわざ描き下ろしてくれる作品で、その値段も伊達自身の意向によるものだ。
「………」
恐ろしい、恐ろしすぎる。
もしこれが編集部付で領収書が切れるのなら、どんな高額になろうとも
『だってぇ、編集長が描かせろって言ったんじゃないですかぁ』とキャバクラ嬢よろしくイヤミも言えるのに。
もう一度通帳を見直す。…やっぱり増えたりなんかしていない。
たった一つの記事を書く代償は、とんでもなく大きそうだ。