砂糖漬け紳士の食べ方
翌朝。
編集長に『伊達さんが絵を描いてくれることになりました』と力なく伝えると、それはとんでもない喜びようだった。
「おおおお!そうか!よくやった、桜井!」
「…何だか今回も、私の手柄だと思えないんですが」
「なんでだよ、結果オーライだろうが」
アキは「私の絵は高いよ」と言ってきた伊達の笑顔を思い出す。
それはそれは、ものすごく意地悪いものだ。
「なんというか…絶対遊ばれてる気がするんです…あの、編集長、聞いてます?」
突然の朗報に、編集長はパソコンを広げ、バタバタと勢いよくキーボードを打ちこみ始めている。
「…よーし、うちの独占取材だ。これがうまくいけば、部数5千アップは固いな」
「うまくいくかは、ちょっと…何せ私のお金が…」
アキの弱音を蹴散らすように、編集長は自分のノートパソコンをぐるり回した。
画面には、『第26回 日本人画家の夜明け 展覧会』の文字がでかでかとあった。
「どうだ、これ!ちょうど2カ月後に、展覧会があるんだわ。前から目をつけてたんだがな!」
アキは、編集長に見せつけられたパソコンの画面を力なく指差した。
「…この展覧会に、伊達さんの絵を提出させるんですか」
「何かしら賞をもらわないと、伊達圭介完全復活!ってコピー貼れないだろうがー」
「しかもこれ、作品の提出期限、本当にきっちり2カ月後じゃないですか」
そううまく事が進みませんよ、とばかりに、彼女は思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
対する編集長はそれをまるで無視し、皮算用を始めた。
「ま、ちょうどこの展覧会自体を取材する予定でいたからな。それと絡めるとより面白い記事にはなる。
な?どうだ桜井」
「はあ、…そうですけど、でも」
「しかしあの気難しい大先生も、いきなりどうしたんだか。この前の接待が効いたのかもな、はははは」
「…ですけど」
「というわけで、お前はそっちの取材に専念してちょーだい。以上。
あ、逐一、取材のまとめは上げておけよ」
ため息すら出ない、というのはまさしくこの事だった。
編集長はたいそうご機嫌で、これからの取材内容に期待しているようだが
そもそもは、伊達にアキが身を刻むような金額を払うという契約があってこそで…。
「……かくなるうえは、泣き落とししよう」
「何がだよ」
編集長の席を離れながらぼやいた一人言へ被さってきた声に、アキが振り返った。
気付けば中野が後ろへ立っている。
「おおう、びっくりした…中野くんか。や、何でもない」
「お前、ちょっといいか。一緒にコーヒーでも飲もう」
中野の顔は、どうやら飲み会の誘いではなさそうな真剣さを帯びていた。
深刻な話らしい。
缶コーヒー2本が既にその手にあることに気づき、アキは彼の促すままに喫煙室へ足を向けた。