砂糖漬け紳士の食べ方
後日の取材日。アキは、珍しく一眼レフカメラを持って伊達の取材にやってきた。
やはり制作現場の取材であるから、より美しい色でより正確に、伊達の手の内を写したい。
今日の『伊達圭介甘いもの懐柔作戦』の武器は、京都の金平糖だ。
先日伊達自身が用意したお菓子がスミレの砂糖漬けだったので、きっとロマンチックで可愛いものが好きなのだと考慮した結果だ。
金平糖。しかも京都の老舗。
夜空の星がそのまま落ちてきたかのような、魅力的な形。ああなんてロマンチック。
しかし、玄関でアキを出迎えた伊達はちっともその片鱗が感じられないほどの汚い風貌だった。
完徹だったんですか、と聞くまでもなく彼の服装はよれよれだ。
白色のトレーナーの裾は油絵の具で色どり豊かに汚れているし、その元来の癖毛も、今日は一層あちこちへ跳ねている。
伊達が絵画の制作に入ったことはこれだけで明白だった。
ああどうも、と挨拶を返されたわずか数メートルの接近で、汗臭いのも分かった。
普段の服装に無頓着な彼だから、きっと風呂も満足に入っていないのだろう。
ヒゲも無精に伸びている。
「お、お邪魔します…」
伊達の力無い視線が、アキの手にあるカメラバッグに移った。
「…ああ、制作現場の取材だったね。
先客がいるから、作業室に入っててくれるかな」
そう言い残し、彼は裸足のままペタペタとリビングへ戻って行った。
…先客?
玄関を跨いだアキの目に
真っ赤なパンプスが1足、きちんと揃えられているのが目に入った。
彼女は自分でも驚くほど無表情でそれを見下ろす。
ルージュのように艶やかなハイヒールは、人を殺せそうなほどに細いヒールで
そしてさらに中敷きには、しっかりと有名ブランドのロゴが刻印されていた。
玄関にあがると、伊達の低い声とは対照的な高い声がアキにも漏れ聞こえてきた。
会話の端々に「雑誌が」とか「読者が」という単語が聞き取れる。
どうやら、取材関係者らしい。
何となく罰が悪くなり、アキは極力物音を立てずに作業室へ立てこもろうとした。
しかしそれと同時にリビングのドアが勢いよく開け放たれる。
「今日のところはこれで失礼致します。また伺いますので」
リビングから出てきたのは、たっぷりとしたカールの髪をたたえた女性だった。
見たところ30代だろう、上品なブラウスと赤いスカートをうまく着こなしている。
綾子が好きな雑誌に『一週間着回しコ-デ☆』で載っていそうな、いわゆるデキル女の風貌だった。
作業室へ入ろうとしていたアキが、思わず足をとめる。
というより、その女性と視線がかち合ったからだ。
女性の方も、抱えているカメラバッグからアキが取材関係者だと感づいたらしい。
おそらく30代半ばだろう女性は、彼女を一瞥し、にこやかな会釈を残す。
「こんにちは」
「…こ、こんにちは」
ヒールと同じく品のあるルージュの唇がゆっくりと半円を描いた。
「どちらの出版社の方?」
明らかにアキを年下と見た故の余裕たっぷりな口調だった。
アキが苦笑いをしつつ「月刊キャンバニストです」と口にすると、女性は更にキレイな笑顔を重ねた。
「…あーあ、あちらの…。そうですか、それは。
私の編集部でも、伊達先生へ取材しようと考えておりまして」
ふわりと、バラの匂いが鼻をくすぐった。
彼女の香水だ。何て上品なつけ方だろう。
きちんと化粧をした女性は、顔立ちも良いのがようやく分かる。
というのも、勢いに負けていたアキがここでやっと女性の顔をまじまじと見れたからだ。
女性は「また出直してきますね」と言い、玄関から出て行った。
その後ろ姿ですら、どこか妖しい美しさが漂うボディーラインだった。