砂糖漬け紳士の食べ方
「…どうやら噂が流れてるらしいね」
女性の姿に見惚れているアキの背後から、唐突に伊達の声が被さった。
驚いて、振り返る。
伊達は、手についた絵具を自分のズボンで拭き取りながら、ぶっきらぼうに話を続けた。
「今までマスコミに見向きもしなかった伊達が、数年間の沈黙を破り、ある女性編集者の取材を受けたってね」
噂にされた張本人は、他人事のままでひょうひょうと続けた。
「…『どうやら伊達は女に飢えてるらしい。なら、女性編集者なら取材を受けてくれるだろう』」
彼の乾いた視線が、ふいにアキをとらえた。思わず身構える。
「他のマスコミが、そう短絡的に考えたらしい」
「あ……そう、ですか」
それでようやく、伊達があの女性を部屋に入れたのが分かった。
彼女もまた、伊達からの取材許可をもらうためによこされた『刺客』なのだ。
「あの、伊達さん」
彼はぐちゃぐちゃの髪をかきむしった。
「なに」
「あの方の取材、受けられるんですか」
現・取材担当者として尤もな彼女の疑問に、彼は曖昧に呟いてみせた。
「…もともと、会う予定もなかった。
ただ、今まで簡単に引いてくれた編集部が、今回に限ってやたらごり押ししてくるから…」
「でもあの人、すっごい美人でしたよ」
アキの言葉に、伊達はひそかに眉を動かした。
「確かにね。それに、女性は30を超えてからの方が色気が増す」
──30を超えてから。
この数字二桁にやたら耳が引っかかった。
「…だけど別に、私は女性に飢えてる訳ではないから」
妙な沈黙がアキの口を覆う。慌てて、上っ面で笑った。
対して伊達は目線をそのまま下へ下げ、「怪我は大丈夫なの」とぶっきらぼうに聞いてきた。
「おかげさまで」
「…あ、そう。じゃあさっそく悪いけど、紅茶よろしく」
そう言って彼自身は、すんなり作業部屋へ引きこもっていったのだった。
彼が今口にした話は、以前に『別に女性に飢えている訳ではない』という言葉を裏打ちしているのだろう。
となると、中野がこの前ぶちかましてきた『伊達圭介ゲイ説』もあながち冗談ではないかもしれない。
お湯を沸かしながらアキは一人、そうぼんやりと考える。
ちくちくとした気持ちの引っかかりだけには、やっぱり目を反らしたままで。
女性とのすれ違いの際に感じたバラの香水は、
艶やかで、
大人の女性らしくて、
悲しくなるほどにすてきな香りだった。