砂糖漬け紳士の食べ方
1日たった30分では、大した取材は出来なかった。
しかしどちらにしろ、どんなに時間を取ろうが伊達は長話をしないことくらい簡単に予測できる。
写真をあらかた撮り終えたアキは、残りの取材時間、伊達の制作風景を眺めていた。
制作風景というよりも、絵を描いている伊達を見ていた、と言い換えた方が近い。
考えてみれば、伊達が画家らしいことをしているのを目にするのは今日が初めてだ。
確かに、今まで取材の日に「お風呂くらい入って下さいよ」と頭を湯船に突っ込みたくなるほどの徹夜明けの粗末な格好で対面したことこそ多かったが
それはそれで、受注しているイラストやデザインに取り組んでいる姿は、見たことが無い。
…あ、いや、1回はあったかな…あの夜の………。
そこまで考えたアキの思考に、何かがチクリと引っかかった。
先日の中野による力説が、先ほどの伊達の言葉と見事に融合していた。
───年齢なんて一回り以上じゃんか。無理だって絶対
───長い付き合いのお前には、普通の…いや、理想の恋愛をして欲しいんだよ
───私は別に女性に飢えてる訳じゃないから
「……」
答えなんか、考えなくても知ってる。アキは一人ごちた。
今までもこれからも、うぬぼれることはないし、身の丈に合わないことも決して思わない。
答えなんか、知ってるんだ。
『理想の恋愛』には『理想の王子様』がいて
『理想の王子様』は、いつだって『可愛い女の子』を選ぶ摂理───。
隠している自分の本心を、ちょっと分かってもらえただけでこの人を好きになったって、
『可愛い女の子』でない私に、世界が急に優しくなることは、ない。
「30分過ぎたよ」
伊達の声に、続いていた物思いの糸が途れた。
腕時計を見れば、もう約束の時間より10分もオーバーしていた。
「あっ、すみません…気づかなくて…」
彼の視線は、大して色もないままアキを見る。
そして目は再びキャンバスへと戻った。
「あの、差し入れのお菓子、キッチンのシンク台に置いておきましたので、休憩の時に召し上がってください」
アキは手際よくカメラを片づけ、作業室をあとにすることにした。
「あと、伊達さん。私が言うのも変ですが…ちゃんとご飯は食べないとだめですからね。甘いものはご飯の代わりにはならないですからね」
「あー、うん、善処する」
しかし、彼女のこのお節介がひとつも伊達に聞こえていなかったと知ったのは
伊達先生が風邪を引いたから次の取材がキャンセルになった、と編集長から聞かされた時であった。