砂糖漬け紳士の食べ方
サラダを食べ終えた頃、店員がランチプレートを二つテーブルへ置いた。
「お待たせしました、日替わりランチですー」
今日は五穀米を使ったカレープレートらしい。スパイシーな香りがふわりと鼻に届く。
「なかなか難しいね、女が生きるのは」
カレーを一口頬張りつつ、作山は呟いた。
それは大分おおまかであやふやな愚痴だったが、まさしく今のアキの心情にも沿った一言だった。
この社会に一人で生活するには、ある程度の強さが必要だ。
それなのに多数の男性からは「思わず守りたくなっちゃう」ような、適度な弱さを求められるのだ。
この相反する二つは決して手に入らないようでいて、しかしそれでもちゃっかり両方手に入れてる女性もいる。
つまり、器用であればいい。
本来の強さをうまく隠し、男性にうまく弱さを見せて、自分の思うようにうまく事を進める。
同性から見れば意地汚いように思えるが、結局はそれが一番賢い。アキは身に染みて分かっていた。
「もっと器用だったら、楽に生きられるのに」
アキのぼやきに、作山が力なく頷く。
「分かる。もっと器用で要領が良かったら、今頃幸せかも」
そうだ、もっと器用で、美人で、要領が良くて、…そして、もっと大人っぽかったら。
アキは履いているヒールに違和感を覚えて、つま先をほんの少し動かした。
もっと自分が大人で、美人だったら、
…伊達とのことだって、悩まず、自分の感情のままに身を任せられただろう。
あの甘美な不安と期待にずっと浸っていられるのに。
目の前でカレーをぱくつく作山を見た。
もしここで彼女に、伊達へ恋にも憧れにも似た感情を持っていることを話せば、それはそれは楽になるだろう。
「そうなんだ」「大変だね」「分かる分かる」なんて、それっぽい言葉を並べて、
…いや、彼女ならきっと真剣に同情してくれるに違いない。
そしてアキは「でも年上で」「相手が私をちゃんと見てくれないかもしれない」とか、自分の不安を切々と作山へ語れば、気持ちはすっきりするだろう。
けれどこの話にオチも無ければ、正解も解決点もないことをアキはよく知っている。
処理の仕様がない感情を作山と分け合う。ただそれだけのことなのだ。
結局、自分の中で気持ちを整理するしかない。
社会人になった今、恋をする時に求められるのは「愛」じゃない。「空気を読むこと」。
私は編集者で、伊達さんと14歳年の差。
もしここに「その編集者はとても可愛らしい人でした」という一文でも加われば、事態は急転するかもしれない。
…あくまで、もしもの話だ。
「最近、作山は仕事の方どうなの。順調?」
だから、このままでいい。
片想いは、とても楽だ。相手に自分が否定されることもない。
「聞いてよ、それがさ…」
この気持ちは、取材が終わるまでで、いい。
片想いは、とても楽だ。
伊達に「私はそういうつもりじゃなかったんだけど」と否定されることも、ないんだから。