砂糖漬け紳士の食べ方
彼を追い抜く人は確かにたくさんいたはずなのに、彼女は灰色のコートばかり目で追った。
横断歩道を渡り切る頃、伊達は唐突に口を開く。
「…さっき、言っていたことだけど」
騒然とした駅前の雑音に、彼の物言いは流れて消えそうだった。
「私が紳士的だって、君が言っていた話」
伊達は、その薄い唇でまるで無表情のままに言った。
「…私は、嫌な人間に自分から関わるほど暇ではないよ」
それは、甘くも苦くもなる言葉だった。
ここで彼が微笑んでくれたなら、簡単に彼女は天にも舞い上がるほど自惚れるのに、彼からは何の感情も読み取れないままだった。
誰だって、自分にはなから好意を持ってくる人間をないがしろにはしない。
きっと伊達が言いたいのはそういう意味合いなんだ。
もう自惚れはしないって、決めたじゃないか。
アキが苦く笑う。果たして笑っていいのか、神妙な顔つきをすればいいのか、さっぱり分からなかった。
「そうですね、ええ…伊達さんのファンですしね」
そんな中途半端なこと、言わないでほしい。
彼の言葉一つで、簡単に振り回される。
そんな、期待、させないでほしい。
この人が、最初の噂どおり、人嫌いで誰にでも無愛想な人ならよかった。
そんな人だったら、…こんな中途半端な想い、しなくて済んだのに。
どうしようもない空想は、もちろん改札口前で途切れた。
それ以上会話が増えることはないままに。
「じゃあ、また今度取材で」伊達はコートポケットに手を入れたまま、ぶっきらぼうに言った。
もし私がシンデレラみたいに、儚げな美人で
鈴を転がすような声で「手を離したくない」って言ったら、伊達さんはそのとおりにしてくれるのだろうか。
「はい、今夜はごちそうさまでした」
もし私がシンデレラみたいに、こんなパンツスーツじゃなくていつもとまるで違う可愛らしい服を着ていたら
伊達さんはこのまま私をどこかへ連れ去ってくれるだろうか。
人のざわめきは、アキの本音をうまい具合に隠してくれた。彼女本人にすら、分からないほどに。
「気をつけて帰りなさい」
伊達の紳士的な社交辞令に、彼女は曖昧に微笑んでそのまま改札口に滑り込んだ。
階段へと曲がる時、まだ改札口の向こうで佇む伊達が視界の端に入ったが
アキは無理に視線を床へ落とし、そのままホームへ入る。
慣れないせいで傷を負った赤いハイヒールは、彼女の目にひどく滑稽に映った。