砂糖漬け紳士の食べ方
しかし、沈黙は5秒ほど続いた。
男の目が、スウッとすがめられる。そして視線だけを上下させる。
それだけなのに、アキはまるで自分が骨董品のように品定めされる気分を味わった。
ごくり。
アキが大きく唾を飲み込んだところで、ようやく男は「初めまして、私は伊達圭介と申します」とそっけない自己紹介を口にした。
「桜井、いつまで突っ立ってるんだ、ほら」
編集長の声に、慌てて腰を下ろす。
といってもソファは狭いままで、思い切り編集長にヒップアタックをする羽目になってしまった。
「ここ1年はマスコミ関係者の方とお会いするのも控えていたんですが、山本編集長からのお話だったので」
伊達は一本調子を変えないまま、言う。
その言葉に編集長は更に声色を柔らかく変えた。
「ええ、ええ、ありがとうございます。本当に先生にこうした場を作って頂けるだけでも…」
「それで、取材の件ですが」
伊達の視線が再びアキとかち合う。
ただ、その目には好奇心や云々の感情が何一つとして読み取れない。
「…そちらの、…桜井アキさんと仰いましたね。貴女が?」
「は、はい!」
「そうですか、それは。貴女は、私のどの作品がお好きですか。
今後の創作の参考にさせていただきたいんでね」
『面接』は、唐突に始まった。
一言で見事に固まったアキをよそに、伊達はゆっくりと唇を笑ませる。ただ、目はちっとも笑っていないままで。
「…え、…えっと…」
言うなら、入社試験より緊張は酷かった。
『面接官』との対面距離は入社試験の比ではないし、何より、どういう答えが『正解』なのかは伊達の気分次第なのだ。
「…その……」
「その?」
編集長の肘が、容赦なくアキの脇腹を小突く。
それが痛いくらいでも、アキの唇は強張ったままで「えー」とか「あのー」とか、しょうもない音しか出そうとしなかった。
あれだけ必死にまとめてきた感想は、いざ画家本人を前にすると文字にならない。
あれだけ必死に覚えてきた感想は、結局、言葉として唇を出ていかない。
アキは大きく息を吸う。
空気が、冷たい。
編集長の視線と、伊達の視線が彼女一択に集中する。
「だっ、大好きです!」
思いもよらず大きく出た彼女の『感想』は、物が少ないリビングに響き渡った。
編集長の目が、大きく大きく見開かれた。
それは伊達も例外ではない。
「『夜明けの頃』という絵を見た時から、ずっとファンでした!
あの、色遣いが素晴らしいとか題材がシュールとか、いろいろあるんですけど、
私、伊達さんのその絵を見た時からずっと目から絵が離れなくて、あっ、画集も買いました!
それと、あと、日展に出したあの絵も───」
アキの『感想』は、事態を痛々しく見た編集長の脇腹小突きでようやく止まった。
目の前の伊達といえば、それこそ姿勢を変えないままに、けれどその目は明らかに驚きの色を含んでいた。
「申し訳ありません、伊達先生、どうも桜井が幼稚な感想で…」
「す、すみません…」
「ああ、いえ。気にしないで下さい……」
伊達はゆっくりとテーブルへ頬杖をつき、ため息に似た長い息を吐き出す。
「桜井、お前、準備してるって言ったろうが!」
編集長は小声で可能な限りの罵声をアキの耳元にぶつける。
アキは「すみませんすみません!」と更に肩を委縮させ……。
「あの、山本編集長。私へのインタビューの件ですが」
「え?あ、ああ、はい」
「お受けします」