この恋、永遠に。
壊れたフォトフレーム
一階に到着しエレベーターを降りると、トレンチコートを羽織った白髪交じりの年配の男と、まだ若く、色黒の中肉中背の男が受付ロビーにいるのに気づいた。若い男が受付の女子社員に何か話している。
彼女が俺の方を見て一言何かを言うと、その男たちがこちらを振り返った。真っ直ぐ俺たちの方へとやってくる。
俺たちの目の前で足を止めた彼らは、辺りを憚るようにコートの胸元を開けると、胸ポケットからちらりと何かを見せた。警察手帳だ。
「本宮柊二さんですね?」
白髪交じりの男が言った。俺が頷くと今度は若い男が口を開いた。
「こちらの営業部に斉藤圭子さんという方は?」
「ええ、います」
質問に答えたのは沢口だった。ピリピリとした緊張感が漂う。
「彼女に任意でお話をお伺いしたいのですが…まだ社内にいらっしゃいますか?」
若い男が続けると、沢口は難しい顔をして俺を見た。
「ここは私が。専務は早く行ってください」
秘書の顔に戻った沢口が俺を急かす。俺は黙って頷くと会社を出た。
会社を出るとすぐにタクシーを拾った。この天気ですぐに捕まるかどうか分からなかったが、運よく乗客を降ろしたばかりのタクシーを捕まえることができた。
行き先を告げると、俺はシートに深く身を預けて目を瞑る。先程の沢口の話を何度も思い返していた。
ギフトカードに書かれた俺の名前。沢口が言うには運ばれた女性の特徴が美緒と一致するらしい。だが、まだそうと決まったわけじゃない。
俺の秘書は優秀だ。彼に任せておけば間違いはない。だけど、そんな彼にも間違いはあるだろう……?
俺は、先ほど女子社員から手渡された封筒の中に入っていた、美緒からの伝言をもう一度眺めた。
そこには彼女の、少し丸みを帯びたクセのある字で、近くに用事があって出てきているから交差点のカフェで待っている、という旨のメッセージが書かれている。
俺はぼんやりとそれを眺めながら、文字が揺れていることに気づいた。いや、文字が揺れているんじゃない。手だ。俺の手が、震えている……。
「あー、お客さん、ここはだめですね」
唐突に運転手が言った。
「何か事件か事故があったようですねぇ。通行止めになっていますよ。どうします?」
窓の外を見ると、白くなりつつある都会の景色の中、前方に赤いパトライトがいくつも点滅しているのが見えた。美緒が待っていると言っていた、カフェ前にある交差点だ。
そんなはずはない。彼女であるはずがない。心の中で何度も唱える。彼女はあのカフェで俺を待っているはずだ。
「……ここでいったん降ろしてくれ。だが、ちょっとだけ待っていて欲しい。婚約者を角の店に待たせているんだ。すぐ戻る」
俺は交差点前のカフェに急いだ。
警察が張った規制線の外側に人がごった返している。通行止めの交通整理をする警官の脇をすりぬけると、俺はカフェの扉を開けた。
先ほどからひどい頭痛だ。自分の心臓の音がうるさくて耳まで痛い。
俺は店内をぐるりと見渡した。学生らしきカップルが二組と、仕事帰りのサラリーマンが三人。皆、交差点で起きている出来事を興味深そうに見ている。
俺はもう一度、店内を見回した。無表情にレジを打っていた男の店員が、俺に胡散臭そうな視線を向ける。
そこに美緒はいなかった―――。
なぜいない?君はここで待っていると、俺にメモをくれただろう?
足元がふらつき俺はドア脇の壁にドン、と手をついた。先ほどの店員がジロリと俺を睨む。
俺はそのままドアを開けると店を出た。
辺りは警官が忙しなく出入りしている。規制線の向こうがチラリと見えた。降り積もる雪に隠れつつあるそれは、紛れもなく、誰かが流した大量の血だった。
彼女が俺の方を見て一言何かを言うと、その男たちがこちらを振り返った。真っ直ぐ俺たちの方へとやってくる。
俺たちの目の前で足を止めた彼らは、辺りを憚るようにコートの胸元を開けると、胸ポケットからちらりと何かを見せた。警察手帳だ。
「本宮柊二さんですね?」
白髪交じりの男が言った。俺が頷くと今度は若い男が口を開いた。
「こちらの営業部に斉藤圭子さんという方は?」
「ええ、います」
質問に答えたのは沢口だった。ピリピリとした緊張感が漂う。
「彼女に任意でお話をお伺いしたいのですが…まだ社内にいらっしゃいますか?」
若い男が続けると、沢口は難しい顔をして俺を見た。
「ここは私が。専務は早く行ってください」
秘書の顔に戻った沢口が俺を急かす。俺は黙って頷くと会社を出た。
会社を出るとすぐにタクシーを拾った。この天気ですぐに捕まるかどうか分からなかったが、運よく乗客を降ろしたばかりのタクシーを捕まえることができた。
行き先を告げると、俺はシートに深く身を預けて目を瞑る。先程の沢口の話を何度も思い返していた。
ギフトカードに書かれた俺の名前。沢口が言うには運ばれた女性の特徴が美緒と一致するらしい。だが、まだそうと決まったわけじゃない。
俺の秘書は優秀だ。彼に任せておけば間違いはない。だけど、そんな彼にも間違いはあるだろう……?
俺は、先ほど女子社員から手渡された封筒の中に入っていた、美緒からの伝言をもう一度眺めた。
そこには彼女の、少し丸みを帯びたクセのある字で、近くに用事があって出てきているから交差点のカフェで待っている、という旨のメッセージが書かれている。
俺はぼんやりとそれを眺めながら、文字が揺れていることに気づいた。いや、文字が揺れているんじゃない。手だ。俺の手が、震えている……。
「あー、お客さん、ここはだめですね」
唐突に運転手が言った。
「何か事件か事故があったようですねぇ。通行止めになっていますよ。どうします?」
窓の外を見ると、白くなりつつある都会の景色の中、前方に赤いパトライトがいくつも点滅しているのが見えた。美緒が待っていると言っていた、カフェ前にある交差点だ。
そんなはずはない。彼女であるはずがない。心の中で何度も唱える。彼女はあのカフェで俺を待っているはずだ。
「……ここでいったん降ろしてくれ。だが、ちょっとだけ待っていて欲しい。婚約者を角の店に待たせているんだ。すぐ戻る」
俺は交差点前のカフェに急いだ。
警察が張った規制線の外側に人がごった返している。通行止めの交通整理をする警官の脇をすりぬけると、俺はカフェの扉を開けた。
先ほどからひどい頭痛だ。自分の心臓の音がうるさくて耳まで痛い。
俺は店内をぐるりと見渡した。学生らしきカップルが二組と、仕事帰りのサラリーマンが三人。皆、交差点で起きている出来事を興味深そうに見ている。
俺はもう一度、店内を見回した。無表情にレジを打っていた男の店員が、俺に胡散臭そうな視線を向ける。
そこに美緒はいなかった―――。
なぜいない?君はここで待っていると、俺にメモをくれただろう?
足元がふらつき俺はドア脇の壁にドン、と手をついた。先ほどの店員がジロリと俺を睨む。
俺はそのままドアを開けると店を出た。
辺りは警官が忙しなく出入りしている。規制線の向こうがチラリと見えた。降り積もる雪に隠れつつあるそれは、紛れもなく、誰かが流した大量の血だった。