この恋、永遠に。

罠の行方

 美緒をアパートの玄関まで送り届けてから俺は車に戻った。
 築三十年は経っていそうな二階建ての小さなアパートは、彼女の幼い雰囲気からは想像できないさびれ具合だった。

 鍵のかからない郵便受けは誰でも覗いて手に取ることが出来たし、階段を登れば、ギシギシ軋んで、誰かが帰って来たことが丸分かりである。
 セキュリティ面に不安がありすぎるこのアパートに、彼女は大学進学で上京したときから、ずっと住んでいるのだという。

 あの幼い顔立ちでも、やはり学生で成人していたことに俺は安堵する。
 孝にけしかけられたような形で彼女を誘ったが、未成年を相手にする訳にもいかないだろう。
 ましてや見合いを断る口実を作るという俺の自分勝手な理由のために。

 彼女を誘ったのは孝にのせられたのもあるが、あの時彼女を一目見て、その幼すぎる外見と、精神的に成熟してない様子が俺を苛立たせたからだ。
 あれではいつか、誰か悪い男に捕まって流されてしまう。
 そこまで考えてから俺は自嘲めいた笑みを浮かべた。
 こんな理由で彼女を誘った俺も十分悪い男に違いない。

 最初に彼女を連れ出したときは、もっと物事は単純で簡単だと思っていた。
 少し優しくしてやれば、すぐに彼女を手に入れる自信があった。
 けれど彼女を前にしたとき、そうではないと気づいてしまった。うまく誘える気がしなかったのだ。紳士でいなければならない気がした。

 「送る」と言ったときの彼女の表情から、彼女も俺が気になっていることは分かった。
 だから試しにキスを迫ってみたが、案の定彼女は不慣れな様子で、無理強いはできなくなった。
 そう判断して、今日は手を出さないと決めたのに、彼女がスマホを落として手を伸ばしたとき、気づけば俺は彼女を抱きしめていた。
 そんなつもりなどなかったのに、だ。これの意味するところがどういうことなのか。急に不安に駆られた。
 なんてことだ…。
 こんなに冷静さを欠いたことなど、今までなかった。
 俺は常に先を見据え、何をするべきか、どうしたら物事が自分にとって有利に働くかを考えながら行動してきたというのに。

 彼女の部屋に明かりがついた。
 俺はそれを見届けてから、機械のように無表情な運転手に車を出すよう指示を出した。


 翌日、もうまもなく昼休みに入るという頃になって、珍しい客がやってきた。

「連絡も入れず来るなんてどういうつもりだ」

 秘書に招かれて入ってきた人物とは昨夜会ったばかり。いつもは俺に直接連絡してからやってくるし、そもそもここに来ることは殆どない。

「いやぁ、昨夜はあれからどうなったか気になっちゃってさ」

 パタンと閉められた扉を確認してから、孝が口を開いた。
 ニヤニヤと口角を上げて俺を見下ろすこの男は一体何を期待しているのか。孝に言われるまま、美緒を連れ出したことに、少しの後悔を抱く。何かしら報告しないと、帰りそうもない。

「俺はこの後出掛けるんだ。途中で昼食を取りながらにしないか」

「もちろん、そのつもりだよ」
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