この恋、永遠に。
 彼女の意識が戻ったのは、それから2週間も後だった。俺はその間、生きた心地がしなかった。医者が命の危険は去ったが、いつ意識が戻るかは分からないと言ったからだ。今すぐにでも戻るかもしれないし、もしかしたらずっと戻らないかもしれないとも言われた。

 だから彼女が微笑みながら俺を見て名前を呼んでくれたとき、俺は本当に嬉しかった。今まで信じたことなどなかった、神に感謝したくらいだ。
 溢れる涙を我慢することができなくて、彼女の胸に顔を埋めて声を殺して泣いた。きっと彼女は気づいていたに違いない。


 美緒の両親が田舎に帰ってすぐ、沢口が刑事と一緒にやってきた。美緒には少し席を外すと言って、俺は沢口とこの間見た刑事二人を特別病棟のデイルームに誘った。

「彼女は今どんなご様子で?」

 自販機で買った紙コップのコーヒーを啜りながら、白髪交じりの年配の男が聞いた。

「ええ、おかげさまで順調に回復しています。時間はかかるようですが、元気ですよ」

「それはよかった」

 彼は目尻に深い皺を寄せて柔和に微笑んだ。そして真剣な顔つきをする。

「彼女にも一度お話を伺いたいんですがね」

 俺は眉間に皺を寄せた。確かに美緒は元気を取り戻しつつあって、最近はよく笑うようにもなっている。だが、まだ事件の話を二人でしたことはなく、出来ればもう少し触れないであげたかった。だが、警察もそうはいかないのだろう。必死に食い下がる。

「彼女の証言がないと分からない点もあるのですよ」

 俺は黙って先を促す。若い男が口を開いた。

「実は、以前任意同行をお願いした、御社の斉藤圭子さんですが」

 自分の手帳を開いて確認しながら、若い男が続ける。

「殺人未遂で本日逮捕となりました」

「殺人未遂?」

 俺は思わず大きな声を出してしまった。慌てて周りを窺ったが人の気配はなく、俺はほっと胸を撫で下ろす。殺人未遂とはどういうことだ?器物損壊ではないのか?
 すると年配の男が空になった紙コップを机の上に置き、若い男の言葉を続けた。

「渡辺美緒さんの交通事故ですが、あれは斉藤圭子が背後から突き飛ばしたことにより起こった事故です」

「…何だって?」

 俺の声はもはや制御不可能だ。驚愕の事実を知らされ動揺する。ただの交通事故ではなかったのだ。故意に美緒は狙われたのだ。俺は愕然とし、どうしてもっと注意していなかったのか、と自分を責めた。

「今回の彼女の周りで起こった事件は、どちらも斉藤圭子による…おそらく怨恨が動機のようです」

「怨恨……」

 美緒のアパートが荒らされたときも、そう聞いていた。金品が取られた形跡はなく、ただ、物が破壊されていただけだと。だけど何故?二人の間に何があったというのだ?

「それはどんな理由なんです?」

 俺は努めて冷静に問い質す。動揺していることを悟られないように。

「それが分からないんですよ。斉藤圭子は黙秘していますから。だから渡辺さんにお話を伺いたいんですよ」

 年配の男が困ったと言わんばかりに肩を竦めた。俺は黙ったままだ。
 斉藤圭子が美緒を狙う理由をはっきりさせなければいけないのは分かっている。だが、今、美緒にこの話を持ち出すのが怖いと思う自分もいる。俺は重い口を開いた。

「分かりました。けれど少し待ってください。まず彼女と少し話をしますので、その後でまた来ていただけますか?」

 俺の言い分を快く受けてくれた刑事は、沢口と一緒にいったん引き上げて行った。
 俺は、美緒に話をしなければならない。

< 114 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop