この恋、永遠に。
 私は振り返った。そしてそこで言葉を失う。

「本当に………あなたは幸せだわ…………」

 涙で声を詰まらせて繰り返す母の隣には、忘れたくても忘れられない、その人が立っていた。

「…………柊二、さん……」

「美緒、迎えに来たよ」

 目尻に少し皺を寄せふわりと微笑む懐かしいその笑顔は、まさしく柊二さんのものだった。あの時私がその手を離した彼が、今、ここに立っている。

「……どう、して…?」

 私の視界はすぐに霞んでしまう。頬を熱いものが伝った。それは留まることなく、次から次へと溢れてくる。
 柊二さんが私の正面に回った。しゃがむと私に目線を合わせる。

「ずっと、君のことは見ていたんだ」

「え?」

 柊二さんが微笑んだ。

「柊二さんは、あなたがここに来たときから、毎日電話をくれたのよ」

 背後で母が言った。毎日電話を?忙しい彼が?

「美緒がその日をどんな風に過ごしたか、体の具合はどうか。それだけじゃないわ。あなたのリハビリの先生にも連絡して、あなたの様子を聞いていたのよ」

「嘘………だってお母さん、そんなこと一言も……」

「彼に口止めされていたから」

 母が泣いた顔で笑った。

「やっと準備が整ったんだ。だから迎えに来た」

 柊二さんがポケットから小さな箱を取り出した。それは、見覚えのある金の刺繍が施された深いブルーの箱。彼がそっとその箱を開けると、懐かしい輝きが私を照らした。
 ピンクダイヤモンドの、エンゲージリング。

「美緒がいなくなってから、俺は必死に探したよ……美緒がこの先の人生を笑って過ごせるように、俺の隣でずっと微笑んでくれるように………そして、やっと見つけた。準備も整った。美緒、君の足は治るよ。君の足は治るんだ……!俺と一緒にアメリカへ行こう。俺についてきて欲しい。俺と、結婚して欲しい……!」

「……しゅ、う……っ……」

 私の呼んだ彼の名前は声にならなかった。喉が詰まって言葉が出ない。両手で顔を覆ったまま、溢れる涙が私の顔を濡らすまま、私は泣いた。

「……っ、美緒、ほら……、返事をしないと」

 母が、泣き続ける私に、自分も泣いて震える声で私を促した。
 泣くのを止めることができないまま、私は一生懸命言葉を紡いだ。

「…っ……はい、わ、私……柊二さんと……結婚、します……!」

「……美緒!」

 柊二さんが泣きじゃくる私をきつく抱きしめる。顔を覆ったままの私の両手をそっと剥がし、額に、瞼に、頬に口付け、そして私の瞳を見つめると、最後は唇に、キスをした。

「美緒、必ず君を幸せにするよ」

 微笑む彼の瞳も涙で滲んでいる。
 指輪を取り出し、私の涙に濡れた左手を手に取った彼は、煌めくそれをそっと薬指にはめてくれた。
 風に舞う花びらと同じ色に輝くそれを見て、ああ、私は彼を思い出にしなくてもいいのだ、と震える胸で幸せを噛み締めた。


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