もう一度、あなたと…
苦しくなってくる息を止めたまま、湯の中で考える。

どうすれば…別れずに済んだのか…。
婚姻届を一緒に出しに行ったあの日と同じ気持ちで、どうしていられなかったのか…。
一体どこから、すれ違ってしまったのか…。

成るべくしてなった現実を見たくない気がしていた。
でも、あの家で過ごした重苦しい日々を…忘れたくもなかった。

(…あの日々があったから…先に進もうって思えるようになったんだし…)


……離婚届を書いて欲しいと頼んだのは私だった。
重苦しいだけで、何も変わっていかない結婚生活を虚しく思うようになったから…。

太一は…黙って署名して、ハンコを押した。
『悪かったな…』と一言だけ呟いて、家を出て行った…。

自分の実家に…私だけを残してーーーーー




息苦しさが限界に達して、顔を上げた。
ハァハァ…と呼吸の乱れる中、自分のことを愚かに思う。
今の私には、太一との思い出など関係ない筈なのに、どうしてこんなにも、過去を思い出してしまうのか。
思い出したところで、お湯の中に顔を浸けたところで、何かが変わる訳でも、目が覚める訳でもないのに……。

(…これだからすぐバカだのアホだの言われるのよ…)

自分のことをそう言いながら、笑って許してくれる人の事を少しだけ思う。
私がいつまでも上がらないでいたら、彼はまた心配してしまう…。

(上がらないと…)

ザバ…!とお湯から出始めて気づく。
今朝あった腿の付け根の傷の赤みが…広がってる。

「…イヤだな…何なんだろ…ホントに…」

紫色ならまだ打ち身の痕かも…と思えるけど、その傷は赤くてどちらかと言うと黒っぽくもあって、妙に…生々しい気がして…。

「でも、ちっとも痛くないんだよね」

体を擦っても触ってもどうもない。
もう少し様子を見て、変わらない様だったら病院に行けばいい…と単純に思い直した。


お風呂から出て髪を乾かし始めると、「たからがひかる」がドアをノックした。

「服着たか?開けるぞ!」

いいとも言わないうちから顔を覗かした。
こっちの顔色を気にして、はぁー…と深い息を吐く。

「途中、何も音しなくなったから…スゴく焦った…」

お湯に顔を浸けてた時のことだな…と気づいた。
ほんの数分間だけだったけど、こんなにも心配されるなんて…。

(26才の私は…ホントに幸せ者なんだな…)

自分のことのように思えなかった。彼は私の目の前で、それを言ってくれてるのに…。
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