もう一度、あなたと…
「…ほら、貸してみろ!」

ドライヤーを取り上げられた。後ろ髪が上手く乾かせず、手こずってるのに気づかれた。

「…お前はホントに、いつもどこかしら不器用だな」

手慣れた調子で髪を乾かす彼を、鏡越しに見て思う。

(今のセリフ…どっかで聞いたことがある…)

「…あ、あの…」

またしても呼び方に迷う。彼は私の声を聞いて、目線を上げずに声だけ出した。

「んー?」
「あ…あの…私…もしかして、いつもこんなふうに髪を乾かして貰ってるの?」

上手にブラシを使う彼の顔を見て尋ねた。鏡の中の人が、口元を少し緩めて答えてくれる。

「いつも…って訳じゃないけど…たまにな!俺の気が向いた時だけ!」

言ってる側から顔が赤くなる。
「たまに…」と言う、その言葉の意味にピン!ときた。

ドキンッ!と胸が震えて目を逸らした。
鏡越しに映る彼が、愛おしそうな眼差しで私のことを見てる。

(ううん…彼が見てるのは私じゃない…26才のエリカだ…)

胸苦しさに襲われて目を閉じた。
優しく髪に触れる彼の指を感じながらも、やはり思い出すのは太一のこと…。
比べながら思うのは、どちらも私のことを大事にしている…という事実。
ただ、どちらが夢で現実か、不確かなだけだ……。



ーーーその夜は、二人、別々の部屋で寝た。
一緒に寝ると寝込みを襲いそうだと笑う「たからがひかる」の提案でそうなった。

「心細くなったら来ていいぞ」

枕と布団を持ってリビングのソファに行こうとする彼が振り向いて言った。
きっと、私が不安そうな顔で、彼の背中を見送っていたせいだと思う。
ぎゅっと枕を抱きしめて、コツン…と額をぶつけてきた。

「…そんな顔するな…襲いたくなるだろ…」

悪戯っぽく言ってるけど、目が本気だと語ってる。
その彼を受け入れるだけの自信は、私にはまだまだない…。

「…おやすみなさい…」

ごめんね…と言わなければならないのに、声に出せずにドアを閉めた。
一人残った寝室に飾られた「26才のエリカ」と「たからがひかる」の写真。

『私達は…愛し合ってたのに…どうして彼を一人にするの…?』と尋ねてる。


あの日の私のように、今の私も一人でいる。
でも…私だけが一人じゃないと感じてる。
隣り合ったリビングで、「たからがひかる」も一人でいる…。
何もかも…私のせいで…都合をつけさせてばかりいる…。

情けなくなる自分を感じつつも、この一線だけは超えられない。

新生活が始まって最初の夜は、お互い相手の存在を心の中に抱いたまま、ゆっくりと…更けていったーーーー。
< 35 / 90 >

この作品をシェア

pagetop