もう一度、あなたと…
「ちょっと!君!高橋…じゃない、宝田夫人!」

翌日、ボンヤリしてる所を呼ばれた。
聞き慣れた声に振り返る。太一の顔をした部長が、恐い顔でこっちを見ていた。

「…はい…」

立ち上がってデスクに近付いた。
目の前に書類を突き出される。怒ったような口調で注意する部長に、自分の知ってる人が重なった。

「これ、間違ってるよ!新婚だからって、抜けた仕事されたら困るよ!」

人事関係の書類。昨日作らされたものだ。

「す、すみません…直ぐにやり直します…」

昨日は太一の変わりように驚きすぎて、仕事どころじゃなかった。
お昼に「たからがひかる」から教えられた事もあって、何かと気が散っていた。

「君、ヤリ過ぎなんじゃない⁉︎ あっちの方…」

ニヤリと笑って口にする。
同じ顔ではあるけれど、こんな人、私の知ってる太一じゃない。
プイと背中を向けて逃げようとした。
ぎゅっと腕を掴まれる。
蘇る記憶。手の感触は、私の知ってる太一と同じだ。

ギクッとして振り返った。ニヤつく顔が違う。
同じ顔だけど、やはり…太一じゃない…。

「放して下さい!」

振り解こうとしても更に強く握ってくる。
困ってる私を見てるのが楽しそう。こんなの…間違っても太一はしない。


「やめて下さい!訴えますよ!」

震える声で言った。
笑ってすましてる。
そんなことをする部長に、誰も何も言えないみたいな雰囲気。思わず、背筋がぞっとした。

(こんなのヘン!夢でしかない!)

知ってる太一が崩されてく。
口は悪いけど、彼は誰かを困らせるよう人ではなかった。
特に私に対しては臆病なくらい繊細で、ケンカをした後は、彼がいつも先に謝った…。




『悪かったな…』

顔も見ずにぶっきら棒に言ってた。
でも、その横顔が一番好きだった…。




切なくなって涙が溢れだしてきた。
これ以上、太一を侮辱した夢を見たくない…。

(お願い…今すぐ醒めて…!)

ぎゅっと目をつむった。その瞬間、分厚い手に包まれた。


「やめて下さい!何してるんですか!」

聞いたことある声が、部長の手を払い退ける。
驚いて目を開ける。目の前に、見覚えのあるネクタイの柄。
顔を確認する。
隣の部署にいる筈の「たからがひかる」が側にいた…。
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