もう一度、あなたと…
さっきのひかるの言葉が浮かんでくる。
あり得ない…とまで言わせてしまったのは自分。
記憶がないのを逆手に取って、またしても彼を拒絶した…。

(こんなの…新婚夫婦がすることじゃない…!)

自分の知ってる新婚時代とは違う。記憶にある生活は、もっと甘々で、ベタベタしていて、いつも一緒にいて…。
声をかけたら、返事が聞こえる所に相手がいて…。

(今みたいな時も、逃げたりしないで…お互いに脱がし合って…)

その先を考えそうになって、慌てて顔を浸けた。
膝を抱えた格好で、目を閉じる。
熱いお湯が顔に突き刺さる感触がある。
やっぱり…これは夢じゃない。

(だったら…これ以上、ひかるを拒絶しちゃいけない…!)

そう思って顔を上げた。お湯から上がり、彼を呼んでこようと立ち上がった。

「あっ…!」

右の太腿にある傷の赤みがまた増してる。
色は少し薄くなってるけど、一回り大きくなってる。
しかも、何だか……

「痛い…」

触るとピリッとした痛みがある。
これまでは何とも感じなかったのに…。

「どうして急に…」

夢だと思ってた時はいくら触っても痛くなかったのに、現実だと思うようになったら急に痛くなった…。

(やっぱり…この傷、ヘン…)

擦ったような傷は2センチくらいのものなのに、赤み自体はどんどん広がって、掌くらいの大きさになってる。

「どうしよう…ひかるに相談したほうがいいのかな…」

記憶が混乱する以前から私の体に傷があったかどうか、彼なら知ってる筈…と思った。
でも、この傷は生々しすぎて、何だか見せたくない気もする…。

「もう少し薄くなるまで…黙っとこう…」

呼びに行こうとした決意は薄らいでしまった。
熱過ぎるお湯に水を足し、もう一度浸かり直す。
じっとしたまま座っていると、ひかるの声が聞こえてきた。

「エリカ⁉︎ 生きてるか⁉︎ 」

「…生きてるよ!大丈夫!」

「物音がしないから心配になって来た!生きてるなら良し!」

廊下で待ってるから…と声がする。
本当は入って来たいんだろうけど、それを我慢してくれてる…。

(…ごめんね…ひかる…)

声にならない思いを呟いた。
優しさに甘えたまま、いつになったらこの現状を受け入れられるようになるんだろうと思ってしまう。
触るたびに傷口から痛みが走る。悪い病気じゃなければいいけど…と、少し不安になった……
< 50 / 90 >

この作品をシェア

pagetop