もう一度、あなたと…
彼の代わりに母が側に来る。「たからがひかる」は心配そうな顔をしたまま、部屋の外に出て行った。

「…一体どうしちゃったの⁉︎ ついさっきまで、あんなに喜んでたのに…」

彼を見送り、母が振り向く。
自分で選んだウエディングドレスに袖を通しながら、私はとても嬉しそうな顔をしていたと聞かされた。

「それもほんの1時間くらい前の話よ。光琉さんともついさっき対面したばかりなのに、どうして記憶が混乱したりするの⁉︎ 」

責められても困る。私自身、自分のことがよく分からなくなっているんだから、あれこれ聞かれても答えようがない。

「とにかく少し休んどきなさい。お母さんはあちらのご両親やお父さんと話をしてくるから…」

カゴの中にあったブランケットを掛け、部屋を出て行く。
部屋の外から怒鳴るような父の声と、騒めく親戚達の声が聞こえる。
さっきの「たからがひかる」の顔を思い浮かべながら、私は彼との関係性を、もう一度最初から思い返した……。



「たからがひかる」……私が彼のことをどうしてそう呼ぶのか?それは、単なる読み間違いから発生した一つのエピソードがある。

彼といちばん最初に会ったのは、入社から5年目の春。
大学卒業後、中堅の物流会社に勤めてた私は、総務で社員管理の事務を担当していた。
超氷河期時代と呼ばれる就職難のお蔭で、ここ2年ほど新規採用者はなく、その年は久しぶりにまとまった数の新規採用があった。
各自から送られてきた履歴書にマル秘のゴム印を押して、ファイルに綴じていた時…。

『…んっ⁉︎ 』

大きな文字で書かれた履歴書に目が行き、手が止まった。綺麗な楷書で書かれた名前は……

『タカラガ…ヒカル…⁉︎ 』

フリガナを読んでプッと噴き出した。頭の中で『宝が光る』と文字を変換したからだ。

『何この人…そんな名前なの⁉︎ 』

漢字を見ると『宝田 光琉』とある。どうやら『タカラダ』の『ダ』が、クセ字のせいで『ガ』に見えたらしい。

『ややこしい筆跡だなぁ…こんなのでよく受かったわね…』

会社の上司でもなければ面接官でもない私だけど、何年も同じ作業を繰り返してると分かる。
あからさまにクセ字と分かるような文字を書く者は、余程のキレ者か成績優秀者だ。
この「タカラガ ヒカル」がそのどちらか分からないけど、入ってくる前から楽しみな存在となった。
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