もう一度、あなたと…
ーーー週末まで、「ひかるの君」と話せるチャンスはなかった。
先に伸ばしても仕方ないことだけど、話しにくいことには違いない。
そもそも彼の顔を見る度に、あの寝顔と裸が思い出されてドギマギする。
男性の裸なんて…何度も見てきた筈なのに…。


(……とは言っても、太一だけだから……)

32才にして、男性経験の少なさに落ち込む。
おまけにバツイチで子供もいない。
世間で言ったら『お一人様』で『負け組』だ…。

「ーーやめやめ!そう思ったら面白くない!」

自分で自分を励ます。太一が側にいなくなったからって、どうって事ない!


「元気いいですね」

後ろから聞こえた声に振り返った。
顔を合わせづらくて逃げ回ってた人が、にこやかな笑顔で近づいて来る。

「…杉野さんが四国に行ったから、落ち込んでるのかと思ってたけど…案外、平気そうですね」

ドキドキしだす。
意識しなくていい…と、必死で自分に言い聞かせた。

「別に…平気でいる訳でもないけど…」

別れた…と言っても、10年も一緒に住んでた人。
離れてしまった現実に、慣れてしまう程でもない…。

「…ふぅん。そうなんですか⁉︎ じゃあの日は…たまたま…隙があったのかな…」

意味あり気な顔して微笑む。
「あの日」に覚えがある。
この一週間、毎日聞こうとして逃げ回ってたことーーー。


「あ…あの日…どうして私…あなたと一緒にいたの……」

大っぴらにホテルで…とは言えなかった。
ニヤッとした笑みを浮かべて「ひかるの君」が話しだす。

「そっちが『連れてって』と言ったんでしょ⁉︎ ホテルに…」
「うそっ!」

ソッコーで否定した。

「嘘言ってませんよ。何なら同じ課の友人に聞いてみたらどうですか?彼女もあの場にいましたから」
「…舞も⁉︎ 」
(うそ…何も言わなかったじゃん…!)

「杉……高橋さんがあまりに酔い過ぎてて、相手しきれないって困ってたんで…取り敢えず相手を頼まれて。そしたら、『ホテル行こ…』って、妙に色っぽい声で囁かれて…」

真顔で言う。
記憶にもないことなのに、何故かスゴく信憑性があり過ぎる…。


(ずっと、一人だったから…そんな事口走ったかも…)

入院中の夢が、微かに頭の中に残ってる。
誰だか分からない人と、甘い時間を過ごした記憶。
溶けてしまいそうなくらい、優しくて…熱い思いをしたーーーー
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